2023年 ゴッドファーザー逍遥記
2023年6月5日 ☆ 今月のハイライト

6月です。その昔3人で「パンパカパーン今週のハイライト!」とニュース漫才をやっていた漫才トリオの上岡龍太郎さんが亡くなったそうです。
お仲間の一人の横山ノックさんも残念な終わり方でしたが、長い間大阪府知事でしたね。上岡さんは最近は「見ないなぁ」と思っていたらリタイアしていたとかです。だいたい芸能界はマフィアと同じで生涯現役というのが世界共通のようです。
それで、辞めたくとも辞められないロシアとウクライナ戦争の全責任者のオモテジロジロミール・プーチンちんも、相変わらずの悪あがきをしているようです。
いまや、ウクライナの大反撃も4日から静かに始まったようで、その前にもモスクワの大統領公邸近辺もドローンで狙われているとか?危険が身に迫っている事にプーチンちん氏は気がついたでしょうか。それでも時々、ミサイルを方々からかき集め、ある程度纏まると思い出したように、キーウに飛ばし攻撃をしているようです。
こうなると博打と同じで負けが込むと頭が熱くなって自分では最早止めるとかの制御が出来ないでしょう。いよいよ、ウクライナはクリミア半島にも大攻勢をかけるでしょうから、ロシアは逃げるしかありません。そろそろ関係各国や国連がヤルタに集まり、第二のヤルタ会談を想定して、速やかな戦後処理の準備が必要です。
とにかく、ロシアをウクライナ国内から追い払い一旦停戦なり終戦なりして、可及的速やかにウクライナをNATOに加入させましょう。そうすれば今後ロシアも迂闊にウクライナに手出し出来ないでしょう。なにやら、昔あった江川選手の巨人軍入団の「一日の空白」みたいで思わず失笑がもれるかもですね。
しかし、それで両国の戦争犠牲者が出なくて済むのであれば何でもやってみる価値はあると思います。皆様のご支持のほどをよろしくお願いいたします。「God bless you 」神に祈ります。
それで先月もお伝えしたように文芸作品も約20作品を超え、以前から想定していた次のステップのコンテンツビジネスに向かいます。それで自作品の映像化です。さいわい二十歳前後に倉本さんの作品にふれ、自分なりに脚本やシナリオの研究もしていました。
それがここに来て、ハリウッドの【THE BLACK LIST】などもネットでエントリーが可能になったので、掲載する事になりました。ザ ブラックリストとは米国で映画を作る際に脚本のパクリ問題が頻発するので、その予防策に作られたシステムです。日本でも最近に京都のマンガ製作会社が放火事件に遭たように往々にしてあります。
私も以前あるG出版社から原稿が戻らずに二次利用されたことがあります。文章の剽窃は流行語などには必須なので場合により有ります。なるべく避けたいものです。さらにこれからは「ChatGPT」などのAI時代時代です。ここでも幸い私の場合はAI以前にあらかた20作品以上を完成形にしているので、今後の心配はありません。
そんな訳でこれがコスモス企画・「郵映☆VideO+α」の パンパカパーン今月のハイライトです。
2023年5月Ⅰ日 ☆ 歌津魚竜館のこと

連休も五月に入りました。いずこの観光地も大にぎわいとか。コロナ禍の三年分の気持ちがあふれているようです。とくに外国人の方が大勢来日しているようです。
2日付け河北新報「秀句の泉」から以下のような鉄道に対する俳人の意見が述べられました。傾聴にあたいする掲句でした。
復旧の鉄路に汽笛花林檎 柏原眠雨(1935〜)
東日本大震災の津波被災で不通になった常磐線の一部が再開通した折りの句。私自身、東北線の全線再開時の貨物列車の長い車列は忘れられない。災害による鉄路の寸断は度々起こるが、その復旧は容易ではない。場所によっては採算に合わない路線として廃止が考えられるが、三陸鉄道や只見線は甦った。鉄道は効率や採算性だけではない。地域再生のシンボル、精神的支柱になっている。
「花林檎」は希望の象徴「汽笛」は復興の応援歌になっている。句集『花林檎』より (永瀬十悟)
と、同じ思いです。
5月2日歌津馬場上城に凱旋して、帰りに母と面会してきました。コロナ禍で三年以上面会できませんでした。「申し訳ありませんでした」寝たきりですが「二三男だよ」と言うたびに大きく返事をしてくれました。さすが我が母とその気丈さに感動して涙がでました。会えて本当によかったです。
連休も佳境に入りましたが、町営の「歌津魚竜館」の復旧がまだのようです。津波の後、東北大学がカタズケと整理をいち早くしてくれたままになっているとか・・・残念です。伊里前や管ノ浜の発展と合わせて再興を考えて欲しいものです。
「戦いすんで日は暮れて」5月5日、ついに長い間続いた「WHO」の「非常事態宣言」が解除されました。3年3ケ月にわたりました。コロナウィルスとの長い々戦いでした。一方ロシアとウクライナの戦争は、相変わらず交戦中ですがウィルスとの「コロナ第一次世界大戦」が終了したようです。
そのロシアは3日にモスクワのクレムリンが正体不明の自爆ドローンの攻撃を受けています。そんな中ワグネルの社長、エフゲニー・プリゴジンがこのまま弾薬を補充しないならバフムトから撤退すると、ロシア軍部のゲラシモフ参謀総長やショイグ国防相を罵っています。プーチンチンは武器を送りたくも在庫がないようです※
※ 送る弾薬がないので非人道的で国際的にも不評な白燐弾を送ったようです。民間軍事会社の創設者ブリゴジン氏は、5日に「SNS」に投稿した動画で、激戦の続くウクライナ東部のバフムートから、「10日にワグネルの部隊を撤退させる」と公表してロシア国防省を脅しています。
ウクライナ侵攻でロシア軍が失敗を重ねる中「ワグネルは人海戦術で形勢を立て直した」と主張していました。されど近くウクライナ軍の領土奪還作戦が予想される中での撤退は、戦況を大きく左右するのか不明です。動画はゲラシモフ参謀総長、ショイグ国防相、軍最高司令官のプーチンチン大統領、ロシア国民にあてたものです。
この動画ではブリゴジン社長の後ろにはずらりと戦闘員が立ちならび「10日は対独戦勝記念日の翌日で、占領地はロシア軍に渡す」と宣言して、さらに「戦勝記念日までにバフムートを占領すべきだったが、官僚は我々に弾薬を供給せず、ワグネルは弾薬の90%が不足している」と国防省を批判しています。
「撤退するのは戦闘員が無駄死にするからだ」と撤退を正当化するブリゴジン氏は、以前から国防省と対立が目立ち、何度も弾薬の不足を批判し続けていた。5日に公にした他の動画では、地面に横たわった遺体とみられる戦闘服姿の人物らを指さし「こいつらは、お前らが綺麗なオフィスの中で太るために死んでいく」と激昂した。
そして「ショイグ!ゲラシモフ!弾薬はどこにある」と両氏を呼び捨てにして罵った。撤退の表明は、国防省への「最後通告」とも言え、弾薬供給で妥協を引き出す狙いもあったとする報道もあるが、実態はロシアの兵器や弾丸が底をつきはじめ、新たな生産はとても間に合う状況にはなく、充分に補給は出来ない様子です。
その件はプーチンチンでさえもどう罵られても解決策はないようです。一方、米国防省筋は2月、ワグネル戦闘員の死傷者が3万人を超えて、9千人の死者の大半が刑務所で集めた受刑者だと推計した。最近はモスクワなどでも募集しているが、犠牲を厭わない戦術に戦闘員の補充さえもが追いつかないとも指摘している。
これはウクラウナ側の領土奪還作戦が、すでに始まっている状況を示しており、攻撃が本格化する前に国防省に責任を押しつける形で、撤退を決断した可能性もあるではないでしょうか。

5月6日、英国のチャールズ国王が即位され戴冠式が70年ぶりに行われました。その様子がテレビで放映され厳かな、かつフレンドリーにも映りました。現代的王室行事という感じでした。
5月8日、5日のWHOの非常事態宣言の解除に続き、国内のコロナ感染症の扱いが2類から5類に引き下げられました。これは季節性インフルエンザと同じ扱いです。まだ一抹の不安はありますが施行されます。
そしてコロナの発祥地を解明すべきです。そして各国にワクチン代と全治療費を払ってもらって、次のパンデミックのワクチン代と研究費にあてましょう。二度とわざとこんな事を起こさないように、ペナルティにしましょう。
先日あったシリコンバレーバンクの倒産も、クレディ・スイスの倒産も、ロシアを脱出したオルガルヒなどが、急激に預金や証券を解約したせいではないでしょうか。
これを見て C 国の要人達の資金もかなり米国に預けてあるので気が気でないでしょう。台湾が確信的利益だなんてさも進攻をするがごとく、国民を欺いているのもこの事がばれないように「呪文」を唱えているだけなので元々やる気のない「やるやる詐欺」をもし、実行したら預金は全額没収なので進退に極まっている事でしょう。
どこかの自称大国には国連憲章の遵守と世界の平和と安全を守り、それなりの責任を自覚して頂きましょう。
また、一党独裁で世界の衛生環境に責任を持たぬならば、ロシアと共に国連安保理から退いて頂きましょう。
これは全世界の一般ピーポーの切なる願いです。そこんトコロ夜露四苦です※
※北朝鮮の若旦那もC国の代表も何か起て身の危険を感じたら人民を置いて米国に亡命する段取りだそうです。
そのためにドルが必要なのだそうです。
さて、五月といえば誕生日です。京子さん共におめでとうです。新たなジェネレーションの始まりです。VIOの次のテーマに「遺伝子情報解析論」※を前人未到なので立上ます。誕生日から新たな挑戦です。翌日の伊藤さんと誠君もともにおめでとうです。こうなったら年齢は忘れて歌中精神で行けるところまで行ってやりましょう。
そして、誕生日を記念に「三浦二三男出版記念会文庫」をオープンします Byフミ。※「遺伝子交流分析学」
2023年4月Ⅰ日 ☆ サクラが咲きました

仙台では観測史上の記録だそうですが、お花見の季節がやって来ました。昨年の今頃も咲き始め、気候変動でこの兆候は今後も続くのでしょうか。さらに今年はコロナ明けの花見になるのか、まだ油断がなりません。
古今和歌集 在原ノ業平
世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし
と、古今和歌集で超有名に歌ったのは在原ノ業平だそうですが、昨年、我が家の家系と、桓武天皇のルーツをあらためて調べると、その係累で在原ノ業平や伊都内親王と親戚だったと知り、業平に対する認識が少し変わりました。
そして今回この歌を掲歌してみると、彼の歌詠みとしての非凡な才能に感心しました。とくに上句の「なかりせば」と下句の「のどけからまし」は才能なのでしょうか?
それとも平安後期には日本語の言い回しはここまで進んでいたのでしょうか。業平は小野小町との事で彼の事跡は伝説か悪口かで判然としませんが、それらを置いてもこの歌だけでも確実に後世に残る人だったんですね。ほほ現代人と変わらぬ言語感覚だったようです。
むしろ越えていたのでしょう。在原ノ業平は『伊勢物語』で日本文学全集に残る、屈指のモテ男ですが現代ではこの歌と落語のネタくらいしか人口に膾炙しないのは寂しいことですね。
実は在原ノ業平は実方ノ中将・源ノ融・本吉ノ四郎と四~五人いると思われる『源氏物語』での主人公「光源氏」のモデルの一人でもあります。かつ私が書いた『風に吹かれて』は紫式部対するオマージュを表していて、さらにモチーフにもなっています。
さて先月、28日に「ローカル線活性化県検討」という県内の赤字3路線の活性化を探る、ワーキングチーム(WT)を発足させたと新聞にありました。ここからが怒りのDon・Vitoneの提言です。
その昔、気仙沼線が未開通のとき、そのチンタラした工事の進捗状況に、業を煮やし活を入れて1977年の開通に漕ぎ着けたのは、かく言う私です。当時すでに仙台に住む私は帰省で宮交バスに乗り帰るのに特急で3時間掛りました。そして気仙沼まで4時間です。新幹線なら東京〜仙台が楽に往復出来ます。
それで、父に頼み当時、志津川の町長だった「勝倉三九郎」さんを代表に「気仙沼線早期開通期成同盟会」と言う厳めしい名前の団体を立ち上げ、そして国会議員や地方議員でタッグを組んで国会陳情を何度も繰り返し、ようやく開通に漕ぎ着けました。正式には「三陸鉄道高速大量輸送期成同盟会」という名称だったと思います。
その時の勝倉三九郎さんの開通にかける熱意は、今の「戸倉と志津川だけが発展すればいい」などと言うケチな料簡の為政者との差は「月とスッポン」または「雲と泥の差」でした。そうではなくて南三陸が発展する時は、それ以北、気仙沼、陸前高田、釜石、宮古、青森沿岸の発展がなければ、復興はないと思ってください※
※当時「鉄道の復旧に係わっていては復興が遅れる」とか言っていましたが、それで復興は成ったのですか?
その三陸地方の南の入口で列車の運行を、切れぎれにして阻止するというのは、それはあたかも三陸自動車道を志津川で通行止にして「あとは勝手に青森まで歩いて行ってね」と言うような話ですよね?
それにはどんな大義名分があるのですか? もし無いのであれば、それはエゴですか?それとも単なるアタオカですか?違うなら、やっかみとか?「それってあなたの個人的感想ですよね、止めて貰えませんか」ひろゆき。
仮にもし、あのとき鉄路を復旧していて、このコロナ明けのインバンド観光や首都圏から常磐線経由で八戸までの被災地復興をみる修学旅行の防災や飲食の観光列車を呼込めたと思えませんか? 逆にかさ上げと三陸自動車道の開通だけで、他の復興には繋がらず今更車寅次郎※ですが、見す見すビジネスチャンスを逃していませんか?
※「イマサラジロー」のもじり。
同じ頃、東北新幹線も大宮駅と上野駅間が未完成で、そこから更に東京駅まで完成するには十年以上掛かるという怒りの対象でした。そこで私は我慢がならず「ならば今出来ている大宮から仙台まで先行で開通してくれ」と「大宮暫定始発論」を掲げ父と連携して運輸省(現国土交通省)に陳情して1982年の開通を実現させました。
先人の苦労とは申しませんが、そうしなけば仙台までの新幹線乗り入れは、更に20年は遅れた事でしょう。
当時はこの運動に河北新報が積極的に取り組んでくださり、定期的に情勢や状況が報道され、官民挙ての運動に発展して行き開通に拍車をかけてくれました。私のその時の河北新報への感謝の気持ちは今だに続いています。
ここで関係者の皆様、頭の体操です。使い慣れない頭を遣わせて恐縮ですが、ここが踏ん張りどころです。
4月5日の新聞で、さらに気仙沼線「BRT」の「無人運転・レベル4」の試行だそうです・・・・・・
いずれ、どの列車も無人運転になるのはイノベーション・技術革新により時代的に必然の事です。
それにはまた鉄道には「ATS」(自動列車停止装置)は必須の装備です。そこで考えて下さい。それならば無軌道より、各本線と繋がる線路を敷設するほうが合理的です。そして全ての鉄路は繋がり自動運転の装置もATSの発展型で間に合います。そのさいBRTだけが別仕様では逆に、一元的集中管理には不安定要素になります。
なので鉄路をもう一度敷いてからBRTを走らせても、路線さえあれば長距離列車も全国各地を通交(行)可能になります。将来の鉄道のオートメーション化をも見据えて、今後の鉄道事業の展開も考慮願いたいところです。
地元としても乗客確保や利用客増加の施行・地元に有意な人口定着の施策は今後も提言して行くつもりです。
保線区については場合によって、国の地方交付金の活用で、路線が通る当該の市町村に委託も考えられます。
または該当自治体の鉄道施設への固定資産税の充当も考えられます。むしろ総じて言うと国土強靭化、過疎化対策事業委託というイメージです。
と言う諸事情で仙台との基本的一元アクセス・高速大量移動手段の確保は三陸の発展に不可欠なインフラです。
今後とも三陸地方の復興や持続的な公共交通手段の維持のためにも特段のご配慮のほどをお願いする次第です。
2023年3月Ⅰ日 ☆ 多賀城の正門が完成しました

待ちに待った三月です。皆さんはこの春の訪れをどのように受けとめますか ? 私は高校卒業以来ずっと複雑な思いで迎えます。
松竹の山田監督も今だに大学時代の試験の事で夢をみて、ウナサレ朝起きてユメと知り「ゲンナリ」するそうです。
監督の場合は試験科目の授業にも出ないで更になんの対策も準備をしないでテストに臨んでいる夢だそうです。
きっと冷や汗もんで焦るのでしょうか(笑)
三島由紀夫の場合はどうしても落とせない科目の、試験教室がどこか思い出せず、夢の中でさ迷い探し廻ってウナサレルのだそうです。だいぶ疲れるのでしょうね(笑)
私の場合は高校に入るには入っても、規則や学校行事に馴染めず、何時やめるか漂うように二年間過ごし、三年生になるとき、思い懸ない人生の一大事に遭遇し(笑)それまでと高校生活が一変してしまい「這う這うの程」で卒業式を迎えてしまったことの夢です。それも今となっては青春物語の格別な良い思い出になっています。
詳しくは小説「Don・Vito 青春記」に多少書いて有ますが「個人情報」等がクリア出来て無いので後程です。
ただ、そのお陰でVIO科学研究者にも小説家にもなれたので、人生とは本当に分らぬものです。更にバイオの研究者になるには華の歌中で「ワキガ」になる、と言う大前提のオチが必要で、益々もって複雑怪奇です(笑)
そして、その前になぜ柔道を始めたかにあります。この辺は伊藤博士が詳しいです(笑)
それらの学校での学びが三陸での震災後に事前に用意していた、復興の提案やこの未知のウィルス「コロナ禍」において、どこよりも先に皆様に正しい対処方法をお示しする事が出来、さらに日本の混乱を多少防ぐ事に繋がりました。どちらかと言うと叱られた数のほうが多いですが、恩師の大森先生には感謝です。
先生は科学が専門で実験の基礎や心構えをみっちり仕込まれました。また、柔道部の顧問で、あり得ない大技「一本背負」を伝授された事もありました。中々の大技で大変でしたが、お陰で三船十段の「空気投げ」の研究につながりました。
まぁ、それらを含み出来の悪い弟子でも、更にこのロシアとウクライナの戦争で、混沌とした世情にこれだけの指針を示せました。改めて先生を誇りに思います。いま振返れば中学生生活も高校生生活も現在の「研究とアートの生活」を築くための特段の配慮とご褒美でした。天に感謝します。「有難うございました」
これらは私にとって夢を追掛けると言うより、運命に向かって歩んでいた半生という感じでした。ファンの方、励まし伴走して下さった方、両親、兄弟、友人、郷党、残念ながら陰で積極的に足を引っ張てくれた方々に、「大丈夫しっかり覚えてますよ」と(笑)押し並べて感謝です。聖書『世の光 地の塩となれ』でした。
写真は2月15日に落成した多賀城の南門(正門)です。来年で創建1300年と言うことで市が記念に再建したものです。門の原型は発掘された政庁の八世紀第二期の礎石の遺構に、奈良の法隆寺に唯一現存する中門を参考にして復元し再現したそうです。
多賀城ついては私の第一作『風に吹かれて』の舞台になっています。「みちのく」に於ける奈良と平安文化の貴重な遺構です。特に昨年の『鎌倉殿の13人』に関わる独自追加取材において、三浦家の先祖が「前九年ノ役」や「後三年ノ役」で「源ノ義家」に従い(三浦ノ大介義明)※が多賀城に進駐していた事に心底驚きました。
※この時その恩賞に本吉郡の一部をもらった。この二回に渡る「役」は不明な点が多いのですが、我が家が関わっていた事で、凡その全貌が見えてきました。すなわち、この物語の「筋書」をしたのは、当家の先祖という、シナリオが浮かび上がって来ました。
さらに頼朝の平泉藤原氏と義経征伐の恩賞には息子の「相模守三浦ノ二郎義澄」が歌津村もらい伊里前に代官として「牧野氏」を置き駅逓信と行政を任せた。詳細については小説『風に吹かれて』パートⅡに書きます。
「多賀城とはなんぞや」と言う疑問譜は昭和の中頃までありました。理由は『日本書紀』をタブー視して研究出来なかった、戦前の日本史学会の欠点にありました。それを戦後に大々的に発掘調査し国府多賀城として九州の大宰府と並ぶ古代史の中心まで引き上げてくれたのが、東北大学の伊東信雄先生でした。
◎ 【格言】 魂をこめた青春はそう安易に滅んでしまうものではない ハンス・カロッサ

この遺跡発掘の成果を後世に残す為の施設が1974年創立の現地にある「東北歴史博物館」です。実はこの博物館の初期を構成するにあたり父と私も関わっていました。
それは日本の船舶構造の発展進化の、歴史的経過をみる中で、歌津の「合木舟」(カッコブネ)が「丸木舟」から進化が進み「早波舟」(サッパブネ)※に至る途中形態の伝統的和舟のひとつである事を解明したからです。
※「早波舟」は現在の沿岸部で使われているプラスチック船の原型で、こちらも父と私の発案で歌津の南三陸民族資料館に展示されています。(震災後に修復してメンテナンスをしてくれた方が泊浜の岩石さんで、鎌倉から一緒に歌津に来た三浦水軍の長)
そして、この「合木舟」を再現しょうとなり実際に舟を作り帆走実験をしたのが写真の物です。試験の後、昭和53年12月18日に博物館に納入登録されました。
受注元は旧歌津町港の船大工渡辺保さんが造船しました、この方は父の母方の叔父さんでした。この時、実際に「帆走実験」をする事を提案をしたのが、かく言うわたしです。 おかげで河北新報が取材してくれて記事が残りました。これも父との連携で成し遂げた、東北歴史博物館創立時での研究成果でした。
このとき作った舟は今も博物館の収蔵庫に保管されてます。この小型帆船の「舵」は分家「上新家」からこの際に現物寄贈された物です。更にこの時期の博物館の案内パンフレットに、我が家の母の名を取った「八千代丸」という舟(早波舟)の写真が使われました。この八千代丸の造船にも我が家の細やかなエピソードがあります。
と、いうような多賀城発掘や博物館創成の頃を縷々述べましたが、南門の建築にはわたしの『風吹かれて』出版後キャンペーンをしている時期に、引き続き発掘調査をしていた東北大学が、第二期の正門跡を発見しました。しかし、当時は専門家や歴史愛好家くらいしか関心がありませんでした。
されどわたしは創作終了後も多賀城に愛着をもち、パーティーや議員さんの集まりなどで、多賀城の重要性などを尋ねられ、そのたびごとに何度も出ては消える、本気度が不明な正門の再建や「沖の石」周辺の再整備を提案していました。それが今回実現したわけです。
また、「沖の石」については取材初期に、近所の方々に「末の松山」との関連も尋ねられ、その内この辺には、多賀城見学の「中国人の観光バスであふれようになる」と断言していました。その時のバス駐車場構想はまだですが、このコロナ以降、仙台港に入る豪華客船などの周遊地になります。
更にその周遊の足を「前九年ノ役」・「後三年ノ役」での多賀城がはたした役割のことや、また「義経の平泉」関連と「鎌倉殿の13人」の歴史で、歌津まで足を伸ばして頂くと、観光客の満足度も上がることと思います。ぜひ、今後の検討課題にして頂ければ光栄です。
先月もお知らせした「三浦二三男出版記念会文庫」の著作ラインナップ数が1冊の歌集や2本の映画脚本を含む23作品を越えました。これは中学高校時代から師と仰いだ「阿川弘之先生」の全集が全20巻なので、なんとか越えることが出来ました。
更にまだ書きたいテーマが有り進行中ですが次の30巻に向けての準備がほぼ済みました「乞うご期待」です。
2023年2月Ⅰ日 ☆ 2月を迎えて「Time Of Change」のこと

いよいよ2月です。例年のようにキャンディーズで春を迎える心の準備をしたいところです。昨年の2月末にロシアとウクライナの戦争を勃発させた、プーチンは全世界をあきれさせました。約1年になります。
コロナ禍は続き世界の異常気象が猛威を振るう中です。とても同じ人類のリーダーとして現代社会で生きている者とは思えません。戦時下で苦悩するウクライナの国民のためにも何とかしなければなりません。
プーチンは神の嘆きにもかかわらず大いなる愚行を繰り返しています。旧スターリングラード・現ボルゴグラードでの演説では、またナチス・ドイツが攻めて来るなどと世迷言を語っています。
今時こんな情報弱者のいう事を真に受ける人なんているのでしょうか。本人以外、奥さんだって子供だって信じないような話しをしています。それを黙って聞いているロシアン ピーポーもどうかしています。
まことに持って信じられません。アタオカなんでしょうか。
そろそろ「Time Of Chenge」で時代も気分をかえたいところです。
写真は『ケネディ大統領暗殺』と『ウォーターゲート事件』の真相を描いた小説です。今アメリカではトランプ前大統領と現バイデン大統領が自宅に持ち出した、FBIやCIAの機密文書が問題になっています。

これらの文書については、以前トランプ大統領が在任中に、公開すると公約したものの、一度2017年10月26日まで延期されました。その後それらの妨害でトランプ氏は職を追われました。そしてバイデン氏に引き継がれました。
ケネディ文書に対してはバイデン大統領も志しは同じなので、2021年12月に文書全体の90%以上の17834件が公開されました。
そして残るは「編集された文書」だそうです。反対に「完全に公開が停止された文書は520件」だそうです。
さらにバイデン大統領は2022年12月15日までに「厳格にセキュリティ審査」を行った上で今年5月23日ごろ、未公開文書を公開することを許可しているそうです。
これに対してアメリカ「FOXニュース」のアンカー「タッカー・カールソン氏」※が「ケネディ大統領の暗殺」と「ウォーターゲート事件」が密接に絡んでいて、ニクソン大統領の辞任もその延長線上にあると、私が両作品で10年〜20年前以上に書き記した説と同じ事を公開しています。《参考ビデオ》
※ここではニクソンの立場が少し違うが、ディープ スティート=(CFR)「米国外交問題評議会」ロックフェラー系の事を指すらしい ? (私はこのDSとやらを否定する)が(結局、暗殺にニクソンも絡んでいた事は同じ)で、さらにニクソンとFBI・CIAの関係の真相は、この話しよりもっと複雑で深刻な間柄だった。
多分、公文書は上のトランプやバイデン、両大統領が持ち出したように、処々、虫食い状態でしょう。以前にも「ウォーレン委員会」のアール・ウォーレン委員長の事蹟の一部が、抜きとられ不明な部分がありました。
そして小説を書く上で裏付けに苦心したことがありました。
さぁ、FBIもCIAも次は『どうする家康』ですね。これら作品のドラマ化・映画化により事件の全貌解明を、ぜひ皆様方にお伝えしたいですね。小説と違いドラマや映画は1人では制作出来ませんので、関係者やスポンサーのヒラメキや、関心を持って頂くことに期待したいところですね。
いよいよこの激動逼迫の21世紀の基を作った、20世紀後半の知らざる出来事を『タイム オブ チェンジ』で皆様とともに明かして行きましょう。次は「地球上の冷戦構造の終焉とグローバル環境の始まり・宇宙時代」を考察して行きましょう

次にコロナ関連の世界保健機関の今年に入ってからの見解を述べます。
「WHO」としては今年中にワクチンや抗ウイルス薬のさらなる普及など、取りうるあらゆる手段で緊急時事態宣言の終了に期待したいとの考えのようです。
◎ 今後の流行については ?
・「このウイルスは進化し続けており追跡しているオミクロン株の派生型は600を越え、流行には季節性もなく、予測可能な状態に落ち着いて来てもいない。拡大を防止しないと、再感染する人が続出することになる。パンデミックが続いていることは明白で警戒継続は間違いなく必要だ」
◎ 感染者が重症化する例は減って来ているのだろうか ?
・「ワクチンは重症化率、致死率を下げるのに目覚ましい効果を上げている。流行初期のウイルスを基に開発されたワクチンでも同様に効く。だが依然、確認できている最低でも、毎週1万人以上が死亡している被害減少は膠着状態にある」
さらに現状は「収束に向けた移行期にある。緊急事態宣言は正直、昨年にも終了できたはずだったが、ワクチンや治療方法などを最大限に活用できておらず実現できなかった。されどウイルスに対抗する手段はすでに存在するので今年中に宣言が終了できると期待している」
◎ 定期的なワクチン接種の継続は必要か ?
・「効果は接種から月日がたつと弱まっていくので60歳以上の高齢者、持病のある人、医療従事者など危険性の高い人に対しては、4〜6カ月ごとの追加接種をWHOは推奨している。60歳未満の年齢層にはどれだけの頻度で接種するべきか、まだ結論は出ていない」
◎ 日本は5月に感染症法上の扱いを季節性インフルエンザと同等に下げる方針だが時期尚早か ?
・「引き下げの準備には早過ぎるということはない。新型コロナは消え去る事はなく、今後も対応し続けていかなくてはならないことは確かで、長期的な体制で管理していく事が必要。感染拡大などの局面では、各国は機動的に取り組む必要がある」
【WHO新型コロナウイルス感染症の解明・対応技術責任者】マリア・バンケルコフ氏
『ヨハネの黙示録』ー蒼き馬を見よー
と言うことであの忌まわしい中国武漢のパンデミックから始まり日本では四年目でまだまだ油断なりませんが、WHOの上記のような見解も出ました。実に長い人類のコロナウイルスとの戦いでしたが、特に我が国では独自の防疫手法で、世界的にも少ない犠牲者数で何とかここまで凌ぎました。皆様のご協力に心から感謝致します。
【追記】として2023年2月9日(木)
現在、米国下院でジム・ジョーダン(共和党)とジェームズ・コマー下院議員が中心になり、2020年3月17日に提出され「武漢ウイルス研究所以外の発出」とされた改竄論文の真偽が問われている。
証人はアメリカ国立衛生研究所(NIH)のアンソニー・ファウチ前副所長 同じくNIH.フランシス・コリンズ氏
世界保健機関(WHO)ジェレミー・ファラー氏等が宣誓の上で議会証言に問われることになる。
要因はコロナ発生当時から言われていた「ある論文の進化」というタイトルでアンソニー・ファウチのEメールの消去問題で、通信文の内容の復元が可能となり、初期の「武漢発生」の隠蔽工作が明らかにされるもよう。
これは最初に出た論文が次第に中国発では無ように発出されその論文が「ある論文の進化」と揶揄されました。
つまり、アンソニー・ファウチ氏が中国の「武漢ウィルス研究所」に研究資金を渡しているのを誤魔化すためではないか ?※ と、問題になっていました。それが「ウィルス発生地の隠蔽工作」と専門家の間で疑われていることが今後の考察テーマなのです
※2015年に米国NIH傘下のNGO「エコヘルス・アライランス」が、Sarsの感染機能獲得研究をしていた、中国武漢ウィルス研究所に対し375億ドルの研究資金を提供している。そして2017年、同研究所の「石正麗」氏がモルモットに人間の細胞をもたせた検体を作り、ウィルスを感染させることに成功し、論文発表をしている。
その前段に人工改変ウィルスと思われる物が、2015年すでに中国で出現していた。あるネット関係者はそのことをいち早く知っていて、特に中国ではワクチンの製造準備もしていた。しかし、それは「mRNA型ワクチン」ではないので3割も効果が無かった模様です。
その証拠が今年に入っての中国での、市民暴動による封鎖解除騒ぎに伴う大パンデミック発生の証です。ただし流行をいち早く知ってモデルナ社に資金提供して「mRNA型ワクチン」を製造させたあるネット関係者は大儲けしたとされる。
【備忘録】2020年4月香港大学公共衛生学院・ウィルス学研究者「閻麗夢博士」アメリカに亡命する。
2023年1月Ⅰ日 ☆ 新年を迎えて「世界を変え時代を変えたこと」

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
写真は今年に公開予定の「三浦二三男出版記念会」および研究所付属の図書館です。
今はせまいスペースですが、いずれ流されないようにして、さらに指定管理者制度などの導入で徐々に充実させたいと思います。
多くの方々に利用されるよう整備したい所です。「知るは力なり」で研究者の養成、三陸地方の復興やコロナ禍の対応に、大いに寄与出来る次世代の助けになればそれこそ本望です。
我々は今年で震災から13年目、コロナ禍から4年目、ロシア・ウクライナ戦争から2年目になります。よもや兵役義務の過ぎた私達にこのような事態が巡りくるとは・・・自分も目いっぱい対処して来ました。技術革新で世界を変えた西澤潤一先生も、アップルで時代を変えたほぼ同年代のスティーブ・ジョブスも他界しました※
※されど良い意味でマイクロソフトを創業し「世界と時代を変えた」ビル・ゲイツとは、SNSでやり取りしていますが、遅れて近代社会に参加した情報弱者で、悪い方向に世界を変えようとするウラジミール・プーチンと習近平氏とは、同年代でもあっても彼らがtwitterもfacebookもしていないので、今のところ話しが通じません。
青年期にはベトナム戦争に駆り出される危惧がありましたが、圧倒的なヤングジェネレーションの思いで、大人達の身勝手を許しませんでした。しかし、今、そのヤングジェネレーションでも、大陸の僻地で青年期を過ごし、遅れて近代社会に参加した情報弱者の指導者によって、コロナ禍も戦争も巻き起こされてしまいました。
それは誰の仕業でもなく情報や知識の届かない地域で育った者への天のはからいです。そして自分も日々その他の惨禍に遭い思わず人間性を失いそうな時も有ました。しかしその試練に耐えがら解決策を見出して来ました。本年も震災復興期13年の続きで「日はまた昇る ネバーギブアップ」です。よろしくお願い致します。
ただ、そんな厳しい状況の中でも、人類の未来に明るい話題もあります。それが昨年米国政府が発表した「レイザー核融合発電」の好成績の話しです。この話しを初めて聞いたのは青年時代でしたが、30年後位には実現するだろうとの予測でした。が、なかなか芳しい成果がなく「今はどうなっているんだろう」との思いでした。
それがここに来てケトルを2〜3個沸かせる程度だそうですが、そのうちドラム缶でも沸かせられるようにれば「神の福音」となります。期待だけでも持てそうな話しでした。喜んで祈りたいところです。科学技術の進歩は確実にあります。ぜひ今後とも諦める事なく探求して欲しいものです「強く求めよされば与えられん」です。
結局、第一次大戦はルール炭田の奪い合いで、第二次大戦は中東の石油の確保が根底にありました。この度のロシアとウクライナの戦もロシアがウクライナ領土に敷設したい、パイプラインの権益と欲望が絡んでいました。それがもし核融合発電が各国で独自に手に入るなら、それらのエネルギー問題で争う事もなくなります。
そう思うと今後の人類の先行きの未来に多少明るいものを感じる事が出来ます。そんな訳で以上のようなテーマが今年書き上げられる「ヨハネの黙示録」ー蒼き馬を見よー「パートⅢ」の核心部分であり、かつチャーチルのノーベル賞作品『第二次大戦』へのオマージュである当該作品の終章です。関心を持って頂くと嬉しいです。
南三陸のPR
私的には昨年一年間に渡りNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で大々的に「三浦氏」の宣伝をして頂き、思わぬ「先祖の徳」を讃える事にもなり光栄でした。これらの観光インフラ(みどころ・スポット)をもっと充実させ、更に物語もドラマ化や映像化にして、三陸地方全体の復興イベントのハイライトにしたいものです。
◎ と、言うことで震災後の語部ツアーの一部として組込んで頂き多くの方々のご来行を「鎌倉武士団の末裔」 が心よりお待ちしております。
ナウマン発見の皿貝貝塚→歌中・南三陸民族資料館→三嶋神社→平成の森公園→歌津魚竜館→館崎城跡→泊崎→
馬場上城公園→名足仲向本陣跡→田ノ浦梶原館神社から国道45号線に出て左の石巻方面に戻るか、右の気仙沼方面に行くか考古学や歴史の週遊が出来るコースです。
山ノ手には田束山や樋ノ口の大杉、穴滝・蜘蛛滝や払川ダム→中在の歌津仇討物語→源ノ頼朝の侍女・亀ノ前の墓→頼朝の愛馬・池月の墓も有ります。
◎ 震災後伊里前小学校に、平成天皇が見舞われ御制なされて翌年の「歌会始」で詠まれた歌碑も建立の予定。
◎ 御制 津波来(こ)し 時の岸部は 如何なりしと 見下ろす海は 青く静まる 平成上皇陛下