2018年                                      ゴッドファーザー逍遥記

2018年12月21日☆新たな歳に向かって

Sendai Winter Park   スターライトリンク
Sendai Winter Park スターライトリンク

今年もあとわずか、いよいよ新年に向かう準備も追い込みの時期となりました。

 

振り返れば多難な歳でもありました。自分のことで言えば「自重しなければならない」と決めて、ほぼ活動停止の状態の、三年間の最後の歳でしたがなんとか無事に過ぎそうです。(嵐を避けて凪を待つ) 

 

まずは静かに見守って頂いた皆様に感謝です。

 

そして、写真は恒例になった市民広場のスケートリンクの様子です。今年は偶然シネマ東北さんの映画「あの日のオルガン」のプロモーションも引き受けることになり、後半はひさびさに生気を取り戻しました。

 

また、その流れで次回作の脚本も試みることになり、その中で仙台発祥のスケートも盛り込んでみました。無事、企画が通れば皆さんに「あっ」と言って頂けるのではないかと思っております。

 

その他にも見所を加えて提供出来れば幸甚です。

 

 

「ミスター半導体 東北大学 西澤潤一 博士」
「ミスター半導体 東北大学 西澤潤一 博士」

 次に 今月16日に故西澤先生の「追悼の会」がウェスティン ホテルであり出席しました。

 

先生の功績は私があえてここで述べるまでもないですが、先生と同時代を生きられただけでも光栄でした。おまけに町内会も隣で米ヶ袋です。私の散歩コースでもあります。

 

ちょうど私の職場が一番町に近いので旧丸善一番町店でよくお見かけしました。先生も研究室が片平キャンパス時代なのでまだ若くて有名になる前です。

 

当時学会ではもう偉人でしたが、マスコミもその意味に気付かない頃でした。いつものように私が昼休みに本を探しに行ったり、さらに帰りに立ち読みや書籍を買うために丸善に寄ると、あの大きな目でよく本棚を睨んでいました。「きっと先生の学生時代からの習慣なんだろうなぁ」と思っておりました。

 

いずれ私も修士はトンペイに行こうと思っていたので、学部は違いますが先生の著書も良く読んで、研究者としての心構えなども勉強させて頂きました。そのお陰で日本での研究と英国などの研究先進国とのレベルの違いなども把握出来たので、自分の研究者生活においても大いなる自信を持って挑むことが出来ました。

 

大森先生とはぶつかりながらも研究の基礎を教えて頂きましたが、西澤先生からは少し離れた所から書籍と「門前の小僧習わぬ経を読む」で、その研究手法を独学で身に付けさせて頂たなぁとの思いでした。また、大森先生の時と違って、叱られない分得をした気分でした(笑)。西澤先生もお弟子さんには大部厳しかったそうです。

 

また、いま現在自由にパソコンを操れるのもこの時の密かな自主研究の賜物です。職場に本格的にパソコンが入って来たのは平成の初め頃ですが、当初はとても使い物にならず、等閑に付して触りませんでした。若いひとはなんだパソコンも触れないのかと思ってたようでが、私にすれば余りにも稚拙だったからです。

 

その動かないパソコンとニラメッコ(固まって)しているピーポーを見て原因を尋ねるのですが、誰も答えられないのです。呆れました。何の事はない当時は通信速度が遅いのに、やたらクリックをしてコマンドーを送ると、データが重なり処理仕切れず固まっただけなのです。基礎が分からないとこう言う事なんだなぁと思いました。

 

そしてマイクロソフトがウィンドウズ95を出した頃、これは使えるかなと思い98ノートから使い始めました。それでも初めは求めるレベルではなく我慢して使うという感じでした。その電子コンピュータ時代も終わり、これからは量子コンピュータの時代に入るのだそうです。

 

すると現行コンピュータはオールドコンピュータと呼ばれるのだそうです。なにやら西澤先生の他界と共にコンピュータも第一世代の終焉を向かえ、新たな時代が来るようです。その量子コンピュータについては、来年以降に触れる事になります。

 

先生の功績を追いかけ「高度情報化社会」を乗り切る事が出来ました*感謝申し上げます。

 

*単なる、タイプライター・電卓・黒電話をパソコンやスマホに替えたのは、90%先生の発明発見でした。

 

あわせて、先生のご冥福を祈りつつ、新たな歳に向かって行きたいと思ってる次第です。

では、皆様も来年こそはもっと「良いお歳を」です。

 

 

2018年11月16日☆(諸)書陵部のことなど

堺市 仁徳天皇陵
堺市 仁徳天皇陵

今回は多少堅めの古墳の事です。あの学校で習った古墳時代の話です。退屈な話と思わずお付き合いください。

 

いよいよ平成の御代も末まで来て、これまで頑なに閉じていた陵墓の一部が学術調査しても良いことになったようです。

 

これも今上陛下のお陰かと思われます。宮内庁には歴代の天皇のお墓を管理している「書陵部」という部所があります。

 

この中には初代天皇と言われる神武天皇陵や卑弥呼の墓ではないかと言われる箸墓古墳もあります。

 

これらの墳墓は代々、厳重な管理のもとに置かれ、その内部はおろか、その製作課程や存在意義さえも不明です。それをこの度、自然崩壊や天変地異による破損の具合の調査をかねながら一部の発掘をはじめました。

 

そこで今回話題にしたのは古墳とは何かという話です。だれも書いたひとがいませんので格好のテーマかと思い、長年調べてきたものを記して置きたいと思います。

 

結論から先にいうと、やはり「お墓」でそのルーツは秦の始皇帝の(兵馬俑)や、エジプトのピラミッド、さらにはメソポタミアの遺跡にも遡る「被葬者の冥界での生活を維持するため」と考えたインフラです。また、遺された者や子孫が行う先祖供養、現世利益のための祭り場、及びその施設です。前方後円墳

 

なので発掘すると必ず、おびただしい数の埴輪が出土します。何故ならばこれは古くからある権力者、皇帝などの埋葬習慣を踏襲したからです。例えば中国の兵馬俑なども秦の始皇帝が生前に暮らしていた生活様式を、そのまま地下宮殿として再現してるからです。「死んであの世に行っても日常生活に困らぬように」だそうです。

 

参考:前方後円墳とは 前が角形で後ろが円形の墓のこと

 

そして先祖供養とは現在も変わりませんが、子孫達はそんな偉大な先祖が持つ力を「我に与えたまえ」と祈るのだそうです。特に権力者の家柄では代替わりするときには「践祚の祭り」*という事をしなければなりません。その際は後円部分の一番高い所に、祭壇を築き天に向かって詔を述べる「封禅」**という儀式を行ないます。

 

◎ 封禅というのは、天には天帝がいて、天と地を治めているので、新たに全地上の支配者になった者は、その土地を(封)治める権限を天帝から(禅)譲り受ける儀式です。おびただしい供え物や生け贄、献上品が必用です。

現在も家を建てるさいや土木工事でも、四方に〆縄を張り神主さんが祝詞を挙げる地鎮祭がその名残です。

 

◎ 相撲で横綱の土俵入りの「四股を踏む」も「醜股を踏む」でその土地の邪気を封じ込める同じ地鎮の祭りで、すでにピラミッドのリレーフにあります。決してモンゴル発祥でもなんでもありません。むしろ、日本の古墳からも多少素朴ですが力士像の埴輪が出るはずです。

 

ですから、八百長互助会を作ろうと貴乃花親方を辞めさせてはあかんでしょう。ガチンコで勝負をしないと邪気が蔓延って地震や津波・疫病にも負けまっせ。それでは堕落した天使をのさばらす事になり、やがて神聖なスポーツでなくなります。

 

*践祚「センソ」と読みます。

 

**秦の始皇帝も山東の泰山で行うとしたが、この時期にはすでにその儀式の様式も廃れてしまって、誰もやり方が分からなかったと言われています。泰山とは、あの「泰山鳴動してネコ一匹踏んじゃった」とかいう泰山です。山東半島がある山東省にあります。

 

そしてエジプトのファラオも同じような践祚式を行っていました。メソポタミア時代からある権力交代時の決まり事でずっと踏襲してたようです。むしろ、しないと何か災いが起きて不慮の政変が起きるとか信じられていたようです。これが現世利益のためのお祈りです。

 

 

ちなみに1970年代に兵馬俑が発見されたとき、その出土した兵士達の顔が一体ごとに違うと不思議がれました。その時、私は「それぞれの兵士の像に実在のモデルが居たから」と唱えました。今ではその説が通説のようです。その内に始皇帝の家臣団・重臣の埴輪なども出土するのではないか期待しているところです。

 

来年五月には本朝でも改元となります。その際テレビ等でも「践祚大嘗祭」の様子が見られます。多少でも意味が分かると楽しみが増えるではないでしょうか。以上です。

 

サン・ファン号 /フリーフォト集より転載
サン・ファン号 /フリーフォト集より転載

あと25日に川内の国際会館で「仙台市新総合計画」の会合もあり出席しました。郡和子市長や村上議員もいて仙台市の未来構想・地方創生のためにも新産業構築に(若林区をバイオ サイエンスの研究拠点にする)などを長時間かけて検討してきました。ぜひ、提言が生かされることを期待しています。◎AIを活用した六次産業化など

 

 その2で「維持費が大変」ということで来年度にお払い箱にするという石巻の「サン・ファン・バウティスタ号」の二次利用の話をして来ました。つまり、この船をただ廃船にして焼却ゴミにするというのは、いやしくも県の税金を生計の糧にしている方々へのいち提案として、例えば県ならば多賀城の民俗資料館の前庭の池に浮かべて、船の歴史としての観光化に寄与するとか・・・

 

 さらに、もともと仙台ゆかりの船なので青葉城のお堀「五色沼」に浮かべて観光に資するか、などの工夫はないものか、と提案してきました。もっと言えば今度策定する旧「追廻住宅跡の公園化」の一環で博物館と連携した形で乾ドックに棟屋をかけその中に「遣欧使節」*の全資料集めて船ごとミュージアムにするなどもあります。

 

 *「慶長の勇気ある人びと」支倉常長は勝海舟に遡る約250年前に太平洋を渡り北米大陸に到達している。

 

 ロンドンに行くとトラファルガー広場に1765年進水の3500トンのヴィクトリー号が展示してるはずです。サン・ファン号の初代は1613年頃進水で500トン程ではないか?です。また、当時の映画やドラマを制作するには船内の設備がそのままフイルムコミションにもなります。

 

 日本のスケート発祥の地と並んで五色沼の周辺が仙台のディープジャパンとして観光地の目玉に売り込めます。イギリスではビクトリー号が国の歴史的建造物で観光地としても未だに現役です。サン・ファン号もどちらも同じ木造船です。ちなみに新追廻公園は歴史を感じさせる金沢の「兼六園」風の日本庭園はいかがでしょうか。

 

 ◎ 日本も英国も「トラディショナル」が売りです。保存方と観光地化のスキルを学んだらいかがでしょうか。

 

船体は平成の復元ですが、あの3・11もかろうじて乗り切り、生き延びたということで歴史的ストーリー性もあります「ナショナルトラスト」方式での保存も有るのではないでしょうか。

 

以上、この優美な帆船を解体し石巻のゴミ焼却炉で来年度中に粗大ゴミとして燃やしてしまうとは、我々世代はなんら文化的センスも教養もないヤボテンとだったと、この船を再建造するのにご尽力頂いた諸先輩方に恥ずかしく、かつ申し訳ない気分です当初の建造費も十億単位だったとも記憶してます。再考のほどをお願いします。

 

*追伸:初代のサン・ファン号は1618年に支倉常長等の往路、メキシコのアカプルコからフィリピンのマニラまで運んだあと、スペインに譲渡され奴隷運搬船に使われたそうです。その子孫達が今、自らのルーツして誇らしく思い400年記念に思いを馳せているそうです。それは決して歴史をただ恨むのではなく「奴隷制の悲劇的な歴史を乗り越える出来事と捉える」と肯定的な評価をしょうとしているのだそうです。

 

そんな意味からも現サン・ファン号もそれらの記念行事に二次利用でも、有効に活かしてもらえないものかと思う次第です。

 

2018年10月13日☆岡林さんのことなど

河北新報より
河北新報より

昨日の河北新報に岡林さんが登場してました。なんでも「フォークの神様50年」の記念アルバムを出すのだそうです。イャーお元気そうで嬉しかったですね。

 

デビュー当時の「山谷ブルース」から2012年の「さよならのひとつ」まで12曲収録しているそうです。

 

その他にもこれまでの活動状況もあり愉しい限りです。その中の2〜3のハイライトを写します。

 

『神様だった期間は短い。人気絶頂の69年に出奔。翌年「ぱっぴいえんど」をバックにロックに転向したが、程なく農業に目覚めて山村に生きる場所を求めた。現在も京都で畑を耕しながら「時々、都会に出て歌う」生活を続ける。

 

その背景には、神格化されることに違和感があった。「ええことばかり言われると調子に乗ってしまう。でも農業は違う。誰が種をまいても、ちゃんと世話をしないと実らない。畑で、自分のちっぽけさを再確認している」

 

7月、72歳に。「50年、音楽をやってきて分かったことは『歌というものは、深すぎてわからん』ということ。表現スタイルを変えるごとにファンが去って行った。でもいろんな『岡林』に会えて、俺は幸せだなぁ」。さらに新しい自分に出会うのを、これからも楽しみにしている。』と結んでいます。

 

◎ 私は途中の「表現スタイルを変えるごとにファンが去って行った」の所で午前中いっぱい笑っていました。神に選ばれた岡林さんの心情がよく伝わったからです。このことは何時か書くときが有るかもしれません。

 

というのも私自身も岡林さんを知るきっかけを記して置きたいと思ってますが、ある人の「これって個人情報だよね」との制約もあり、ためらっております。いつかクリアされたら書きましょう。

 

◯ 唐突だった10月17日の沢田研二さんのドタキャンも岡林さんと同じ気持ちでしょう。

 

あと、シネマ東北企画制作の『あの日のオルガン』についても書きます。

予告編2019年2月22日 全国公開
予告編2019年2月22日 全国公開

10月20日「あの日のオルガン」の先行試写会が、旭ヶ丘の日立システムホールであり参加しました。この作品を企画したのは、シネマ東北の鳥居さんでした。

 

原作を知ったのは三十数年前だそうですが、決して古いテーマではなく永遠に朽ちない内容です。

 

また、当時も今も為政者にとっては触れてほしくない過去です。しかし、いずれ誰かが真相を伝えなければならない物語でもあります。かりに今後に同じシチェーションの大都市災害時でも事前にシュミレーションが必要です。

 

ストーリーは終戦を遡ること1年4ヶ月前、学童疎開が始まった頃、とても信じ難い話ですが保育園児の疎開の話です。もしこの話が現代なら尚更に無理で、本当の日本人の強さを後世に残してくれました。

 

ちなみに主人公はすべて女性の保母さんです。あの戦争を若い保母さん達の実像そのもので撮ってくれました。私から見て映画史に残る傑作です。一度観たら忘れられない作品です。

 

なにか「アニー・ブゼルと吉野作造の物語」に続く作品と感じてきました。

 

追伸:10月21日に東北大学の西澤潤一先生がお亡くなりになってたそうです。残念です。ご冥福をお祈りします。なんとかノーベル賞まで頑張って頂きたかったです。

 

受賞については2〜3の話は聞いていましたが、光通信がこれだけ世界の未來を方向付けてくれたので、そろそろ技術としてだけではなく、大きく言えば人類の未來を導く科学としても理解されるのではないかと思ってました。後に続く者達のためにも、ノーベル委員会様、この分野の検討もお願いします。

 

2018年9月10日☆阿部監督応援団の集まりのこと

昨日はこの夏の阿部監督応援団の集まりがあり盛り上がって来ました。

 

また、恒例のジャズフェスもあり盛況だったようですが、つれない雨で各地から来仙して頂いた方々に、多少申し訳ない気分です。

 

八月の七夕様もこんな感じでヤレヤレでした。さらに、この前の大阪高槻木市の地震、その後の関空の水害や北海道の地震と、立て続けの悲しいことばかりで、お見舞い申し上げます。

 

日本全国、どこで何が起こるか分からないという状況です。まさに小さなノアの方舟状態です。お互い、さらに気をつけましょう。

 

そんな中、阿部監督から近況の報告もあり、皆んな興味深々です。特に先日松竹が発表した寅さんの『男はつらいよ』の五十作目の制作と監督の係わり具合などの質問がハイライトでした。

 

もとより企業秘密のことですから監督の口は極めて固く、皆んな「諦めるしかないかなぁ」と思ってると、司会のセニョリータ先生が「それでは1/5でいいから」と粘り、さらに誰かが小さな声で「だれにも言わないから」(笑)と呟くと、ようやく内容の1/500を話してくれました。さすが、一高仲間です。

当時の尚絅女学会
当時の尚絅女学会

さらに前回話題になった『殿の利息でござる』に続くものとして、皆んなの関心を引いた作品の進行具合も話され、すこし前に進んだ感じでした。すると早速、白木さんや演劇関係者の売り込みも激しくなり盛り上りました。そして白木さんの役はアニー・ブゼル先生と勝手にその場で即決とあいなりました(笑)

 

アニー・ブゼルという人は現在の「尚絅学院」の創立関係者で初代の校長です。26才でアメリカから女性宣教師として仙台に派遣され、かつての「尚絅女学院」を発展させました。その間、旧制二高生だった古川出身の吉野作造や富谷出身の内ケ崎作三郎、気仙沼の小山東助にキリスト教を伝授して、後の大正デモクラシーの礎を築かせました。同じころ土井晩翠も二高生で吉野と交流がありました。

あと同じく中学から一緒だった真山青果も在校していました。

アニー・ブゼルと吉野作造・二高聖書講読会の仲間
アニー・ブゼルと吉野作造・二高聖書講読会の仲間

作品はこれらの青春群像に焦点をあて物語化しょうとするものだそうです。しかし、当事の時代背景・キリスト教・聖書・讃美歌・旧制高校の雰囲気等と、普通には馴染みの薄い面もあり、私も脚本とプロモーションの面で多少係わりそうです。(原作・小説)も書きます。

 

◎そして最大級のハイライトはなんと監督の手で、かつて社内にあった脚本家講座を再開するとのニュースです。以前から松竹には「城戸賞」という脚本家養成部門があったそうですが、国内の映画状況で小休止状態だったようです。それを監督の先見の明で再構築したようです。

 

きっかけはアメリカの「ブラックリスト」にインスパイアを受けたようで、今後の映像クリエーターやユーチューバーのたまり場、集合場所となり東宝や東映も、追随する事になるでしょう。

 

私も「これからはアマゾンビデオや、ネットフリックスの登場で、撮った映画やドラマがこれ迄と違い、決してお蔵入りになる事はないのだから」と意気投合して参りました。監督、流石です。

 

ちなみに今回の松竹の脚本家講座の応募件数は300点を越えたそうです。どうぞ志しの有る方は益々奮って挑戦してください。日本映画・クールジャパンの盛行ということで大いに期待しております。

 

◎街起と冬場の仙台の観光振興でムービー賞ならぬブービー賞や、イグ・アカデミー賞の開催もいいですね(笑)

2018年8月8日☆平成最後となった七夕祭りのことなど

今年の梅原鏡店の飾りの様子
今年の梅原鏡店の飾りの様子

  仙台七夕祭りが始まって3日目となりました。今年は例年になく3日連続の雨模様です。ジンクスでは3日間の開催中どこかで一回は雨に見舞われる。と言うのが定番です。

 

それが連続の雨空でかつてないことです。

 

初めて七夕を見たのは昭和47年でした学生として市内国分町にワラジを脱いだ年です。三善英史さんの歌は、七夕が過ぎて9月頃から流行始めました。

 

その頃はちょうど8月末から秋雨前線の影響でよく降る毎日でした。

 

通学時に私は駅前から中央通を雨を避けながら歩くと、よくこの曲が流れてきて歌の情景そのままでした。そして、あなたはきっと長町から市電なんだろうなぁと思ってました。

 

下宿が今の市民広場に近くて、野外ステージの後に聳える三菱地所ビルの所にトヨタがあり、そこに貞喜君がいて大分お世話になりました。

 

このころ*、貞喜君はトオルの面倒もみていました。そして、当時も今もあの辺が私のシマです(笑) 

定禅寺通りを渡り、賑やかに華やぐ一番町の入り口に立つと、今でも健在な「梅原鏡店」の豪華な飾り付けを先頭に、ずっと藤崎方面まで続いてるのです。この曲も流行ってました

 

そのスケールと華やかさに圧倒されました。特に飾りは正直、今の二倍の豪華さでした。ただ、それを一人で見るというのが、多少のさびしさを誘いました。

 

「七夕は出合いの祭りなのになぁ、一緒に見たかったなぁ」と前年からくすぶっていた未解決の思いにやるせなさが募りました。

 

* ちなみにヨリちゃんは越路の県の独身寮でタイ(忍者方)の面倒をみていて、私も時々食堂のカレーを食べ     に行きました。タイは大きな顔して他の県職員と一緒に暮らしてました(笑)

 

その後、昭和52年には宮城県沖地震も有りましたが、それに怯むこともなく益々豪勢なお祭りと成って行きました。そして一番に盛り上がったのは昭和54年*Ⅱでした。この年は連日猛暑で、たしか雨も降らなかったと記憶しています。そしてバブルに突入していくわけです。

 

*Ⅱ 宗さんの大ヒットは53年ですちょうど七夕の時期に全国的に流行りはじめました。思い出深い曲です。

 

バブル期もそれなりに華やかでしたが、後半には次にくる落ち込みが、そこはかとなくフツフツと現れ、現在を予見させていました。

 

もともと仙台は空襲からの復興、終戦の痛手をくぐり抜け、東北でも屈指の都市として目覚ましく発展してました。むしろ空襲からの都市の再開発ということで、道幅なども大幅に拡張されて大都市としてのポテンシャルを

獲得していました。いまの青葉通・定禅寺通・二番町通などが戦後の都市計画道路で拡幅されたものです。

 

その頃よく週刊誌などでの住みたい都市のアンケート調査があると京都と並んで1位2位を競っていました。

 

勢い、そん中、いわゆる仙台商人の意気込みもあり、その気質は「売ってやるから、買いに来い」の殿様商売ともいわれましたので鼻息も荒かったです。反面、私の目には商魂逞しくも映りました。しかし、その勢いもバブル終焉と共に陰りが見えはじめました。

 

わたしはこのバブルをプラザ合意*Ⅱによる意図的で「急激な経済成長」と捉え、まさに、先き行15年間分ぐらいの「成長の先食い」と受けとめていました。それが今や失われた30年とかなりそうです。

 

*Ⅱ プラザ合意が決まると、それまで「総需要抑制」とか言って微動だにしなかった株価が、中曽根総理らの「明日から景気が良くなります」との宣言から「内需拡大」を合言葉にして、急激に株取引が活発に動きだすのです。そして、あの新日鉄の一日の出来高が1億株という日が続出とあいなりました。そして地上げです。

 

◎ 信じ難いですが本当にバブルが始まり狂気の沙汰でした。当時、三菱地所はニューヨークのロックフェラーセンタービルの一部を取得して米国民から顰蹙を買いました。そして竹下総理らの野村證券での「損失補填」が 発覚し摘発されました。すると今度は行き過ぎた、となり政府の「総量規制」でバブルの終焉となりました。

 

で、その後様々な経済政策も試みられました。そして5年前の2013年4月に打ち出されたいわゆるQQE、質と量の「大規模金融緩和」異次元緩和策も、先月7月31日に日本銀行の「フォワード・ガイダンス」策でもって収束の方向に舵を切りました。

 

これも正に有識者から見れば歴史的な「金融・経済政策の実証実験」の結論が導かれそうです。

 

ここまでの経過として、2%の物価上昇も*Ⅲ さらには懸案だったプライマリーバランスも、劇的&非劇的にも改善しませんでした。黒田日銀総裁も「あとは御察し下さい」と副作用を恐れて、ゆっくりとフェードアウトすることを決めたようです。

 

*Ⅲ 2019年10月に消費税率を上げるといやでも2%の物価高になります。

 

平成の七夕も本日をもって終わります。来年からの新たな御代の七夕様はいかがとなるでしょうか。

私としてはタイム オブ チェンジで、これ迄にない時代になることを予見しています。そんな中でも理解が得られるかぎり、一緒に歩んで行きたいと思います。共により良い未来を思い描きましょう。了

 

 

2018年7月7日☆DNA検査機器とスマホアプリのことなど

2000ドルのDNA検査機器
2000ドルのDNA検査機器

以前はDNA検査というと何億円という費用が掛かりましたが、この度英国で販売された汎用検査機器は約2000ドルだそうです。

 

DNA検査が一般的になったのはここ十年ほどのことですが、その発達は目覚ましいものです。これもコンピューターのおかげです。

 

これを人力だけで解析しょうとすると3000年はかかるのだそうです。バイオとPCは本当に相性が良くてまさに神に感謝です。

 

幼い頃から植物や薬物は興味の高い対象でしたが、大森先生との運命的な出会いが、この方面(生命科学)の道を拓いてもらう、きっかけとなりました。

 

そして様々な出合いなどもあり、今では「神が決めたこと」と納得し感謝しております。

スマホに郵映TVをインストール
スマホに郵映TVをインストール

次にスマホアプリの事です。この夏のボーナス商戦の広告などを見ると、新型テレビでは4Kはもとより、Wi-Fi装備が当たり前になって来ました。つまり、スマートテレビの本格的な売り出しです。

 

おかげでどんなテレビでも、You Tubeや アマゾン プライム・ネット フリックスが普通に観られるようになりました。

 

そこで、このタイミングで当郵映TVでも、写真のようにスマホの待受画面にYuei・TVのアプリを登録しましたので、スマホ及びテレビでも「Yuei・TV AIサービス」が利用出来るようになります。

 

で、同じく「COSMOS・手鏡」のアプリではスマホが化粧用の手鏡になり、メイクをしながら、足りなくなった化粧品の補充購入や、各種の健康診断を受たりすることが出来ようになります。

 

さらにスマートテレビでは「郵映通販」に注文を申し込んだり、自分の歌っている姿を画面で見ながら、自宅カラオケ*を楽しんだり大画面でゲームをすることが出来るようになります。

 

*また Yuo Tube にアップして広告収入を得たり、音源の著作権をクリアして*Ⅱ歌手として収入を得る事      が出来ます。

 

*Ⅱ(ブランケット契約)にすることで可能です。

 

郵映TVのサービス内容アプリ
郵映TVのサービス内容アプリ

 ◎ いまはテスト中ですが、アプリはいずれPleyストアから、ダウンロードして頂きご利用となります。

 

以上のサービスを展開するために amazon appstorとも提携しました。よろしくお願いいたします。

 

☆そして本日は男女仲よく 両 Tさんのお誕生日ですね。おめでとうございます。お元気でしょうか。会いたいですね。TSさんが突然訪問してくださった事、さぞ驚かれたでしょう。じつは私もなのです。

 

でも気を効して頂きとても感謝してるんですよ。その事が伝われば私にすれば御の字なのです「ほって置けなかったから」と訪ねてくれたのだそうです。TSさんには「わざわざ有難う御座いました」私から感謝を込めてGod bless you.です。

 

◎和菓子、オイシク無くてゴメンね。受けました(笑) そして、いつまでも素敵なレディーだと思ってますよ。                                                                            God bless you・by フミ

 

先日、伊藤さんから電話をもらい二人で笑いあったら、ことさら元気が出て、改めて「自分の元気のもとだったんだなぁ」と気付ました。お二方も同じです。わたしに元気をください(笑) よろしくお願いいたします。

God bless you・by フミ

 

18日生まれのE様にも おめでとうございます。健やかにお過ごしの事と存じますいつか会える日を楽しみに。

God bless you・by フミオ君

 

2018年6月24日☆東北大学知のフォーラムのことなど

映像・9次元から来た男
映像・9次元から来た男

昨日は東北大学知の創出センター5周年記念ということで特別公演があり参加しました。

 

会場は片平キャンパス知の館で、講師はカリフォルニア工科大学教授の大栗博司先生でした。

 

その中で大栗先生が監修をつとめた『9次元から来た男』という映像があり、それを上映して話が進められました。

 

テーマは宇宙の始まりや物質の組成に関することで、現在の宇宙物理学の最先端のレクチャーでした。それは理学部にでも行かないと聴けない、なかなか高度な内容でした。

 

わたしも書籍等で得た知識は多少有りますが、実際の講義は昔の自然科学概論以来進んでいないので、やはり今昔の感がありました。それでも先生曰く、ここまでの宇宙に関する理解は、「全体の5%程度」なのだそうです。

 

これを聞いて頭に浮かんだのが「ILC」リニアコライダーの事です。文部科学省としては今年あたりが決定時期とか伺ってますが、ぜひ全世界をリードする研究が三陸で行われるよう、お取り計らいのほどをよろしくお願いします。

 

地方創生事業として、ここを先途に次々と三陸の復興策を打ち出して行きたいと思います。重ねてよろしくお願いします。

2018年5月26日☆クールジャパン企画・法華さんのことなど

法華さんとはある方のご縁で若いころから存じ上げていました。

 

その後、筆甫の「タタラ製鉄」の研究会でご一緒させて頂くことになりました。

 

筆甫のタタラ製鉄とは、藩政初期から始められた、古式製鉄の技法ですが、当時としては最先端の製鉄技術です。 

この古式製法を復活・研究会を立ち上げてくれたのが、古くから地元でタタラの「むらげ」の家柄を務めていた庄司一郎さん達でした* 

庄司さん・法華さん・八巻会長  筆甫独自の円筒式タタラ
庄司さん・法華さん・八巻会長  筆甫独自の円筒式タタラ

その会に顧問して加わっていたのが、宮城県無形文化財の刀匠・『法華宗三郎信房』さんと東北大学工学部教授の高橋礼二郎先生でした。

「タタラ製鉄見学ツァー筆甫」(クールジャパン)

 

*江戸時代には隠れクリスチャンで聖母マリア像を観音様に模した「マリア観音堂」を今でも祀っています。

 

そのころ私は一度職場を離れ研究生活に戻れて、毎日がウキウキする日々でした。自分の小説や経済学の研究からは少し遠いですが、製鉄・タタラの研究は探求心満載だったので、楽しいものでした。

 

 

製鉄の完了・水で冷やして鉄の塊を取り上げてるところ
製鉄の完了・水で冷やして鉄の塊を取り上げてるところ

実験は朝早くから始められ、夕方まで続きます。そして打ち上げ・直会は会長の八巻さん宅です。ここでの乾杯のビールがなんとも言えず美味で、さらに「鉄」*Ⅱの話題に談論風発で、つい飲みすぎて車も運転できず、泊めて頂たのも数知れずでした。

 

*Ⅱ毎回、確実に4〜5kgの鉄が出来、それを材料に法華さんが実際に短刀を打ちました。とても良い作品で、ほしい方がいれば法華さんに注文すると鍛造してくれます。価格は応談です。

実践作刀ツァー松山」(ディープジャパン)

 

 

 

また、秋田大学工学部の研究会では八巻さんが発表等、研究者生活の醍醐味を味わい、まさに至福の時でした。

筆甫の製鉄で法華さんが鍛造した短刀
筆甫の製鉄で法華さんが鍛造した短刀

 

その後、震災があり原発の放射能の影響で、研究会もご無沙汰状態です。しかし、庄司さんからは毎年カレンダーと筆甫の「へそ大根」も頂き「カタジケナク」思っております。また、折をみて『筆甫のさくら』なども観に行きたいと思っております。

 

◎ そして庄司さん達の地道な活動は「地方創生・旨い物は地方にあり」の先行事例であり、かつ最高のモデル地域・見本です (ネバーギブアップ)

 

日本各地でタタラ製鉄の実験が見受けられますが、なかなか鉄が出来るまでに至らずに、多くは実験の段階で終わります。

しかし、筆甫では確実に製鉄が出来ます。(理論と実証実験)

 

そして、それは並々ならぬ筆甫の方々の研究と努力の結果でした。その粘り強さと前向きな研鑽の姿にいつも頭が下がります。

 

三浦家の家宝・無銘でしたが備前系と判明する
三浦家の家宝・無銘でしたが備前系と判明する

それで法華さんからは我が家の家宝であった、備前長船系の大刀を鑑定して頂いたりしました。わたしとしては「関の孫六」が好きで、少し崩れた三本杉の刃紋もあるので「孫六ではないか?」と期待したのですが、やはり、我が家の家伝どうり備前物でした。「流石だなぁ」と言うところでした。

 

家伝では、なんでも「大阪夏の陣」に動員され、その戦勝祝いに伊達家から恩賞として拝領したものと伝わっていました※Ⅲ我が家には終戦までこの大刀を含め七振りの日本刀があり、特にこの大刀は、元々「仲向」にあったものが明治二十九年の津波のあとに、馬場の我が家に伝わったものだそうです。父はこれを軍刀拵えにして、先の大戦に出征しました。

 

※Ⅲ宮城懸史にも記載有り、この時「真田」の姓も賜りとあり、実際、仲向の墓地の中に実物もあります。

 

これらの刀はいずれもこの津波で流されました。それらの詳しいエピソードはいつかまた書ましよう。

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☆今日は千葉京子さんの誕生日、四学級以来の仲良しで*Ⅳ五年前の同級会で会い「連絡するから」と言ってそのままでごめんなさいなんとかします。そして明日は伊藤さんとマゴの誕生日、このままいい天気だといいね。

 

*Ⅳ京子さんと伊藤さんは揃って健康優良児を受賞したそうですマゴとは同じ港に生れ小学以来の仲良しです。

 

皆さん、あの紅顔の美少年・美少女がついにここまで来てしまいました。語る言葉もありません。まずは震災以外、大過なく過ごせた事を感謝して言祝ぎ「オメデトウございます」これからもお互い元気に過ごしましょう。

God bless you・by フミ

 

2018年4月24日☆羽生結弦さんのパレードや拉致問題への提言など

2018年4月23日 河北新報より
2018年4月23日 河北新報より

   新緑もまぶしい季節となりましたが、それにも増してまぶしい、羽生結弦さんの凱旋パレードが22日に行われました。

 

前回、2014年には観ていなかったので、今回は大勢の皆様に混じり、しかと観て歴史的瞬間を楽しんで参りました。

 

二度に渡る金メダル獲得は仙台をさらに活気付けてくれました。多くのfanや市民は感謝でいっぱいです。

 

インタビューでの市の発展や復興への思いも確実に伝わりました。

 

今後は三度目に挑戦するもよし、後進を育てるもよし、テレビ・ドラマ・映画等で活躍をするもよし、大いに青春を謳歌してください。以上です。

 

 

 

さらに今月にあったことで、北朝鮮の核・ミサイルの断念・放棄には大いに歓迎です。

 

一日も早く普通の国に近づき、国(人)民の福祉に繋がることを期待しております。急激な方向転換は国内的にも相当の覚悟とエネルギーが必要と思われますが、ここが正念場です。上手く軟着陸が達成出来るようお祈り致します。

 

そして、東京オリンピックにも参加したい意向とかのことですが、それでは速やかに拉致被害者を返還して下さい。拉致も解決せず、オリンピックへの参加などの要求は、我が国の国民感情を逆撫する話しで論外です。

 

決して「スポーツの祭典を共に享受したい」などの話しは夢物語で、容認されるものでは有りません。追い追い、世界の暗黙のルール(国際秩序)とか国際社会での常識を獲得し、普通の国へのデビューを果たしてください。そして改革解放政策を実現してください。

 

◎ 拉致問題解決は新たな我が国との「国交」(国家承認)等を締結する上で最重要な一里塚です。従って、身代金要求*などの後の代まで世界の笑い者になるような恥べき行為はやめるべきです。末代まで笑われ続けるでしょう。むしろ最年少の横田めぐみさんを一番初めに返し、その後の全員帰還の交渉窓口になって貰うことです。

 

*日韓併合時代の諸々の償い金などの支払は1965年の日韓基本条約で南北分を南朝鮮に一括支払済みです。

 

そして過酷な境遇にあった横田さんに花を持たせて、正式な国交樹立後の両国の橋渡し役をお願いするのです。本人が拒絶するのであれば無理強い出来ませんが、貴一族とも深い交わりが有り、機密上も躊躇っているようですが、ここでの決断が今後の両国の関係性に深く関わってきます。一時の恥は忍んでも実行すべきです*

 

*けして消しゴムで消える恥じでは有りませんが「悔い改めれば」主も何かを感じて下さるか・・・祈ります。

 

〇制裁解除や経済支援はその後の日本側の状況判断に左右されると心得た方が甘く過剰な期待を抱ず済みます。

  併合時の邦人の遺骨返還等も在日者の身元不明・無縁仏・死後帰国希望者の遺骨とかの引取交換となります。

 

◎もし、めぐみさんが帰還前に、ご両親のいずれかが欠けたりしても、我が民族は貴民族を永遠に許しません。

 

今回は一歩も引かない米国大統領の方針や、粘り強く交渉をサポートした日本国政府の思いが結実したものと思います。翻って貴民族に置かれましては、国を開く(国家承認)を受けるにあたり、南北(DMZ)38度線付近に展開している長距離砲や、ロケット弾等の撤去をして、国際社会にも二心の無いことを示す必要があります。

イムジン河

 

つまり、そちらが挑発したりドジやヘマをやらかしたりしなければ、こちらから攻めこむ事はないからです。

 

具体的には六ケ国協議で進めるものと思いますが、これからのグローバル社会では、幕末に島津斉彬侯や勝海舟などが構想したように北東アジア大陸への、東の玄関口としてもポテンシャルのある地域です。アイデア次第で発展も考えられます。

 

一日遅れればその分チャンスを逃すことにもなります。もう「古い極東アジアの盲腸半島地域」などの汚名を返上すべき時が来ました。今後の決断に期待します。

 

そして「条約や国際間の協定・約束事を平気で破ることを生業(ナリワイ)にしている国及び民族」(ならず者国家)などと言うレッテルを自ら剥がしてください。それが国際社会へのデビュー*の第一歩です。輝かしい未来になることを、いち近隣国民としてお祈り致します。提言は以上です。 

 

*一応、国際社会はルール オブ ローで成り立っています。幕末に坂本龍馬が読んでた「万国公法」から読んでみる事をお薦めします。まずは、そこからです。今からでも遅くありません、勝海舟か小和田小龍が龍馬に伝授したものです。日本もかつてここからスタートしました。

 

テキストをよく読んで国際的法律用語も着実に確定したものを身に付けて、国際社会での発言も各国から失笑を買う「井の中の蛙」的な物言いも慎み、よく「口の利き方」を勉強して習得し、洗練された外交を目標した国となって下さい。そこから、更に、日本と南北朝鮮半島の交流や交渉事を始めるための「話しはそれから」です。

 

非ジェントルマンで田舎ぺ大将的「口の利き方」ではどこの国もどんな人も未来永劫に相手にしてくれません。また、国際間の外交交渉は独断専行や労使協議の場では有りません。一方的自己都合の要求をしても無駄です。何んの解決にもなりません。相手国と条約を結ぶという事は「信義」を結ぶ紳士協定を締結するという事です。

 

「国際間には道徳はなく、ただ欺瞞、暴力あるのみ」と言ったホップスや、マキャベリ論はもう古いです。人類は二つの大きな戦争を経験したあと主の教えに従い多少進歩しました。時代は変って大きな植民地も支配もなく、夜郎自大な国も少なくなりました。以上、貴地域が国際社会から認められるよう参考になれば幸いです。

 

(国際法の基礎はウェスト ファリア条約の成り立ちや経緯を勉強することもお奨めします。試験に出ます。)

 

◎ わたしとしては高校のとき音楽の授業で学び歌い知った、この南北分断の悲しみを、横田めぐみさんの望郷の思いと重ね「イムジン河」と言うタイトルの映画にしたいと思っています。

 

追伸

26日・トランプ大統領が、JFK暗殺機密文書の全面公開を再度延長して、2021年10月までに、改めて開示の是非を検討するよう、関係省庁に指示しました。

 

◎ さあ~トランプさんにとって、公開されると一体どんな不都合な真実があったのでしょうか ?(笑)

 

アメリカ国民の皆様、真相が知りたい全世界の皆様、こんな事で良いのでしょうか。ハリウッドよ・コッポラよ

スピルバーグのように 〝♯MeToo〟 と立ち上ってください。世界中の映画fanが心待ちです。

2018年3月15日☆阿部勉応援団「今年は何か起きそう」

先月の25日でしたが、恒例の阿部勉応援団の新年会がありました。

 

今回の事務局からの案内状には「今年は何か起きそう」というニュアンスがあり「何だろう」と思っていました。

 

すると地元のある都市の首長から『殿,利息でござる』のインスパイアを受けたと思われるオファー、郷土の著名人の物語企画が持ち込まれたとのことで、大いに盛り上がりました。

 

それを聞いたわたしの周りでは、それでは仙台で、今回のオリンピックでも金メダルに輝いた羽生結弦選手をモデルに「せんだいスケート物語」はどうか?などの話が飛び交い、おまけに団員のカメオ出演の話しにまで発展して、とても夢の広がるひと時を過ごして参りました。

 

アメリカのアカデミー賞の主演男優にウェストン・チャーチル役が選ばれたり、特殊メイクでは日本人では25年ぶりに辻一弘さんが選ばれました。そして驚いたのはスピリバーグ監督がかつてのワシントン・ポスト紙の女性社主キャサリン・グラハム氏役をメリル・ストリーブで撮るというのです。イヤー 最高のキャスティングです。

 

これはどう描いても傑作になります。ペンタゴン ペイパーズ、さらには続くウォターゲート事件が女性の視点で描かれるわけで、私が描くハワード ・ハントは男性視点なのでこれらの事件が、改めて世界中から注目を集めることになります。

 

いよいよブーム到来です。関連物としてシリーズ化になりますので先行の『大統領の陰謀』を観ておくとより参考になると思います。封切りが待ち遠しいです。

 

こうして今騒ぎになっているフェイクニュースなどの20世紀後半に起きて、未だに判然としないアメリカ史の暗部が解き明かされそうです。同じように日本での近畿財務局問題などもありますが、国際情勢切迫、拉致被害者の奪還問題もあります。国内問題の早期解決を願うところです。

2018年2月11日☆ J・F・K 暗殺からウォターゲート事件へ

、 

2018年2月10日・PM7時30分

 N H K BS1 映像の世紀プレミアム

 

アメリカ 自由の国の秘密と嘘の放映がありました。

 

始まりは1954年、ウォルト・ディズニーが企画したディズニーTVでした。

 

この時オープンニングのナレーターをしたのが後の米国第40代大統領ロナルド・レーガンです。当時はまだ売れない俳優でした。何か因縁めいた繋がりです。

 

次に1974年に我々の世代に大衝撃を与えたパトリシア・ハースト誘拐事件の祖父・新聞王ウィリアム・ハーストが唱えた「アメリカン ファースト」のフェイク ニュースと続き、益々因縁めいてきます。

 

更には、ついに初代FBI エドガー・フーヴァー長官の欺瞞が本邦 N H K 初公開で明かされるのです。しかし、今回は何故 ? 彼がケネディ暗殺事件の隠蔽にくみしたのか ? には触れません。(ここが最重要ポイントです)

 

このほかにベトナム戦争時のジョンソン大統領とロバート・マクナマラ国防長官の本心がフィルムに残っていました。これでベトナム戦争で犠牲になられた方々の、多少でも鎮魂になることを祈ります。

 

そして、ニクソン大統領のウォターゲート事件へと続きます。

 

◎ N H Kは今後も順次これらの闇の真実に迫ることでしょう。これが私の『J・F・K ダブルスティツ』『野武士の時代』『ウォターゲート事件』=(執筆準備中)の3作品*の内容を証明してくれるものと思います。

乞うご期待です。

 

*3作品の原作/上映権を合わせて10億円(参考)・コンテンツオークションor応談のコンテンツビジネスです。

 

追伸:こうしてアマゾンビデオネットフリックスの市場がある米国ハリウッドへの進出が可能となります。

2018年1月1日☆新年にあたって

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 明けましておめでとうございます。

 

いよいよ4 K テレビも始まります。さらにAI搭載の

スマートテレビが昨年あたりからブレイク中で、世の中は確実にこちらの方向に進みます。

 

じつはテクノロジーはもっと先を行き、AIスピーカーではAmazon・エコーGoogle・ホームまたLINEのクローバーなどのAI音声認識デバイスがしのぎを削る状態です。

 

この流れはこれからの家電製品とかの主流になり、世の中の自動化の波は、私があえて言うまでもありません。

 

ちなみに先月のアマゾンのクリスマス商戦トップセラーはEcho Dotで数百万台の売上だったそうです。

 

いきおい世界の産業構造や生産工程の方向性もこれに添った形で展開される事になります。そう言った意味で今年は、新たな産業社会やライフスタイルのターニングポイントの年になります。さらにオリンピックを二年後に控えて、新世代へのプレ開示、幕開けの年となります。

 

時間がたてばたつほど諸外国との競争が加わります。そう言った意味でも今年を良いスタートの年にしましょう。「先んずれば他を制す」です。永遠の開発競争が始まりました。お互いに頑張って良い歳にしましょう。

以上、新年のご挨拶でした。

 

◎追伸

ネットビジネスにおいてはBtoBの取引料やBtoCのポイント決済では1~10%の仲介料とかの確立が必要です。

                                                                   

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