2024年                            ゴッドファザー逍遙記

2024年4月10日 ☆ 春四月 Cherry blossom.

仙台市西公園源吾茶屋前
仙台市西公園源吾茶屋前

仙台市西公園の桜が満開です。この近くで青春時代を過ごされた方に特別に贈ります。懐かしかったら、よろしくお楽しみください。

 

そして本日は小生が初めて来仙した日でもあります。あれから幾星霜いくたびの春を迎えたことでしょう。毎年、桜が咲くたびに甦る感慨です。

 

その三年前は高校に入学して、今頃は音楽教室で「なぜここで」と思いながら北朝鮮のうた「イムジンガン」をピアノに合わせて歌っていました。

 

先生はトンペイの教育学部を出られた、ユニークな先生でした。また、岡林信康さんを知ったのもこの音楽教室でした。

 

されど今このイムジンガンをしみじみ歌っているのは、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんや、よど号ハイジャック事件で、北に渡った面々ではないかと思い心が痛みます。それで彼の地域の事はその為政者のあまりにも稚拙な政策と、それを克服出来ず食糧難で餓えに苦しむ人民のことを思うと何も言ないので沈黙していました。 

 

先日も日本の岸田総理と拉致問題で交渉があったとのことで、ほとんど期待しませんが成り行きを見守ってました。しかし、あの体たらくで予想を上回るものは何もありませんでした。むしろ、自分たちから「もう絶交だ」などとYouは小学生か?という言動で、ことほと左様に振り回される気の毒な人民の境遇が思いやられます。

 

そもそも鳴り物入りで登場した北の若旦那はスイス留学も有りとかで、自由の空気も知っているので、多少、期待めいたものがありました。しかし思うほど貧困も解消せず、アメリカの「トラちゃん」に会ってくれるようせがみ、ようやく南鮮の文在寅を半ば仲介にベトナムで会いましたが、小馬鹿にされて帰って来て終わりました。

 

ところが列車で北朝鮮を出るとき盛大なセレモニーまでして、ピーポーにはアメリカと日本から莫大な金をせしめるから今後は安心だ、餓える心配なんかないと豪語してハノイに三日間かけて行ったのですがトラちゃんにアメリカの漫画のようなプロパガンダのビデオ見せられ、かつ「核廃棄をしなければ援助なし」とされました。

 

すると怒ること怒ること気が狂ったように怒ったそうです。さいご三日目に再度アメリカとの交渉を朝鮮半島でいう「ズボンの裾」を掴んで「トラちゃん行かないで」と懇願しましたが、The end.となったようです。そしてなんの成果もなく帰りの列車の中ではやけ酒を飲んで暴れてご帰還だったそうです。

 

それで妹の与正氏を含む側近の多くが左遷されたようです。この頃からウツになったようで、次に白頭山を巡る南北共同観光地開発を南の文在寅を通じ持ち掛けられ、なけなしの日本円で3000億円をかけて、温泉とカジノ用のホテルを建設し、オープンセレモニー用に自分たちが白馬に跨るプロモーション用ビデオまで作りました。

 

この時の白馬はロシアから100頭を日本円で50億円で買ったとかです。そのうちの何頭かは若旦那の将来のおこチャマ用だそうです。しかし、いざそのオープンセレモニーを行う日、若旦那も立ち会いでテープカットしましたが、文在寅が送るはずの韓国と中国の観光客が一人も現れずに、もしやこれは詐欺か?となったとの事です。

  

さらに初めに開発話しを持ち込んだ韓国の人間も突然に消え失せ、その人物は南の工作員でCIA絡みだそうです。まんまとトラちゃんに騙されようです。ベトナムのハノイ会談の下交渉中に文在寅がらみで、金剛山にトランプタワーのリゾートカジノもいいね、などと美味しい甘事話しに乗せられたようです。

 

文在寅は2018年4月27日の板門店での若旦那との会談で、1965年に日本から受けた賠償金は韓国が代表して受けたが、遣ってしまってもうないので「もう一度日本から北の分として貰いましょう」と持ち掛けました。若旦那はあり得るかな?と思ったようですが、その他の交渉もあるのであの場では乗ることにしたようです。

 

そして、結果として、全て南鮮にはめられてしまい正恩は躁鬱になりましたが、文在寅からお詫びに開城の南北事業開始の特使派遣の話が再度出ると、怒り心頭でやらかした事件が2020年6月の南北合同事業用のビル爆破です。この時は責任者の与正氏が「ふ・ざ・け・る・な」と御立腹で爆薬を仕掛け爆破ボタンを押したようです。

 

「こんなビルなど見たくもない、チッ、ゆ・で・た牛の頭野郎」と罵って爆破したそうです。事情を知らない政権幹部や人民からは「何もそこまでしなくとも」と言う声もあったそうです。さらに2022年1月には与正氏は側近から降格になり、あまり正恩氏について廻らなくなり、最近は娘に代わったようです。これは後程です。

 

今となっては親北朝鮮の文在寅大統領が親の仇以上に北の傀儡に出世したようです。そこで与正氏が「おかげでアタシは兄の信頼を失い左遷されたのヨ」と怒り爆破したようです。そんな現状で、さらにまた「もしトラ」でトランプ大統領の再登場を熱望してるそうですが、米国務省の方針は変わりませんから期待するだけ無駄です。

 

ただ、拉致被害者の扱いは兄の代行で、妹与正氏でも話が通じるそうなので、無碍には出来ないようです、元々正恩氏や与正氏に日本語を教えたのは「横田めぐみさん」だそうですから、交渉のいちルートにはなります。

粘り強く帰還を求めて行きましよう。

 

これらの話しはマスコミでは伝えない情報です。本筋は言えないのでこれまでの、拉致などを無かった事にしてとぼけてこんな事を語らせています。出来もしない拉致被害者を諦めろなどのプロパガンダを、無視して一日も早い被害者の帰国をめざしましょう。

 

次回はなぜこの間の岸田総理との会談後に一方的「絶交宣言」をしたかについて書きます。日本の国民各位は何の事かを解いせずにただ「ぽっかん」となりました。マスコミも解説なしです。今月はここまでにします。

2024年3月10日 ☆ 時代の趨勢と言うこと

紀伊國屋書店のロゴマーク
紀伊國屋書店のロゴマーク

いよいよ春3月です。毎年2月のバレンタインデェーあたりから、ひな祭りへと一番冬を長く感じる時期です。

 

この間に期末試験、各入学試験など、心落ち着かない季節もかさなり、まさに人生の軽い試練の時なのでしょうか ?

 

ろくに勉強をしたこともない、わたしが言うのも何か僭越至極ではございますがお許しください。

 

そんなこんなで、写真は教科書でお馴染みの、紀伊國屋書店のロゴマークです。

 

その昔、いくら不勉強なわたしでも、必須科目で重要な課題図書や参考書が、紀伊國屋書店でしか売っていないとかの事情で、やむなく当書店に注文したり、新宿の本店まで買いに行ったこともありました。

 

そんな折、北杜夫さんから教わった地下のカレー屋さんで、カレーライスを食べるのが楽しみでした。そんな紀伊國屋書店さんが、私の書籍『風に吹かれて』や『J・F・Kーダブル スティツ』を扱って下さるようです。いまはまだこの二冊をアップして準備中のようです。

 

さらには今後も発行予定の新刊『昭和天皇の黙示録ー現人神の告白ー』と次回作の『ヨハネの黙示録ー蒼き馬を見よー』や『森羅万象の黙示録』等の「黙示録シリーズ」もぜひお願いしたいところです。

 

全国の書店の数が最大だったのは2004年ころで、郵便局と同じくらの2万店舗以上ありました。現在は約その半分の1万店舗となってしまいました。その分出版文化は衰え、代わりにネット文化が台頭して来ました。時代の趨勢と言うものを感じます。

 

そして郵便局もやがて無人のコンビニとかに様変りするのでしょうか。そうなったら残念ですね。それでも利用者のみなさまに愛されるようエールを贈ります。

 

出版でいま元気なのは俗にいう How to本で、人生の指南書というところです。小説などはメディアミックスで、盛り上げていかなければ先細りです。ただ、その分ネットメディアと相性がいいのが幸運です。ちょうど、2004年ころにコンテンツビジネスに、軸足を移したのはどうやら正解だったようです。

 

スウェーデンは今月7日にブリュッセルのNATO事務局で署名式を行い、続いて11日に正式加盟しNATO本部でスウェーデンの国旗を掲げ加盟を祝う式典を行ます。「プーテンの裏さん」のアホな戦争行為は、ロシア軍の多大な犠牲のもと徒労中の徒労に終わったようですね。だから「途中で止めとけ」と言ったのに・・・です。

 

これで彼の憧れのピョートル大帝が獲得した、北欧バルチック海を永遠に失ないましたね。残念でしたね。この間、日本でも「支援疲れ」などと、逆プロパガンダに加担したマスコミもありましたが、あれで誰が親ロシア派で、かつ彼らが勝ことを期待し、プーテンから金をもらっていたのか・・・?スパイ発見器にもなりましたね。

 

さらにトルコのエルドアン大統領が再度ロシアとウクライナの、今度は首脳同士の停戦会談をセッティング中とか、プーテンの裏さん、大統領選挙用に妥協のポーズも有るのでしょうが遅過です。いよいよ決断すべきです。どうしたら良いか分からず、ウダウダ言って従わないのでしょうが、もうお仕舞いです。The end.なのです。

 

10日は歌中の卒業式の日でした。さらに東京大空襲の日でもあります。11日は震災から13年です。12日は亡き父の誕生日で、東京の浅草で父と共に10日の大空襲を逃げ回った母は19日に95歳になります。三陸は2021年の12月18日に八戸までの高速道路が全線開通出来て地方の活性化も徐々に感じられます。

 

「日はまた昇る ネバー・ギブアップ」でここまでこれました。「神のご加護に感謝」です。能登地方のみまさまにも復興の「神のご加護を」ウクライナのみなさまにも平和が訪れるよう「God bless you.」と祈ります。

2024年2月Ⅰ日 ☆ 春待望の二月です

2020年1月アメリカに亡命した中国のコロナ19研究者:閻麗夢博士
2020年1月アメリカに亡命した中国のコロナ19研究者:閻麗夢博士

ようやくの2月になりました。最大震度7を観測した能登半島地震から1ヶ月です。

 

石川県ではこれまでのところ238人の犠牲者や、4万6千棟以上の住宅が損壊し、被害の拡大が確認されました。

 

さらに被害が甚大だった奥能登では災害状況の把握が進んでいないもようです。

 

東日本大震災の被災者として、心からお悔やみ申し上げます。春はあと少しです。日に日に状況が良くなって行かれるよう重ねてお祈りいたします。

 

コロナ19の関連で中国の保健当局は4日、新型コロナウィルスの新変異株「JN・1」が中国で主流になっているとの分析結果を発表した。今月10日が中国の「春節」(旧正月)で、人流の増加が予想され、中国政府は改めて対策強化を呼び掛け始めたようです。

河北新報より
河北新報より

写真は先月26日にあった歌中生たちの活躍の祥報です。3・11から遡ること数十年前、わたしと伊藤孝治博士は歌中を卒業をするこになり、3月10日屋体での卒業式のあと、教室に戻りかたい握手をして別れました。

 

そのとき心の中で当時の曲『若者たち』の歌詞の一節を口ずさんで、彼や同級生へのエールとしました。

 

そしていま「空にまた希望の日が昇るとき、ネバー・ギブアップ」で後輩の若者たちが震災からの「復活の朝」に立って歩き始めました。

 

この事はいま書いている映画脚本「海辺の街」のラストシーンの一部に盛り込むことにしました。

 

これによりようやく新たな若い世代に、復興のバトンを渡せた思いです。あとは貴方がたの新鮮な感性で、これからの時代を築き上げてください。

そして震災後の三陸の復興と発展の「可能性を追求」して行きましょう。

 

そのためのお手伝いとエールは今後も贈り続けたいと思っています。

 

それらを含めて、JR気仙沼線の復旧の事です。これまでようやく高速道路や被災地の嵩上などの、生活や産業方面のインフラ構築は道半ばまで来ました。しかし、気仙沼線の復旧については今だに「BRT」などと寝ぼけた事をしています。昨年10月の同級会での帰省の際に被災後初めてその「BRT」と言うものに乗ってみました。

 

結論から言って物凄い腹が立ちました。「よくもこんな物を発案した為政者よ、Youは本当に乗ったことがあるか~、一度乗ってみてその素晴らしかった感想とやらを披瀝してみてくれ」との思いでした。そしていま国とあわせてJRが本格的に、地方の赤字ローカル線の存続の話し合いをするそうです。

 

これから新たに三陸地方に「殖産興業」をプロデュースをしょうとするのに、このままで良いのでしょうか?

やはり従来通りのフル規格の鉄道に復旧・復興して下さい。確かにあの大きな地震と津波に腰を抜かしました。そして復興の大変さは理解しています。災害に飲み込まれたのは確かです。

 

しかし「敗軍の将、兵を語らず」です。どこかの町長や知事のように「鉄道の復旧に係わっていては復興が遅れる」などのウダウダした理屈は、もう復興もここまで来ると最早通用しません。さらにあんな状態で復興は成ったのですか?

 

それよりも八戸までの三陸全体のJR化で途中(第三セクター三陸線)などの一部を含めて乗客数や沿線住民の増加を目指しオールJR化に心血を注ぐのが政治としての要諦ではないですか?それともこのままで良いのですか?

 

どうかこれからの会合で、三陸地方の鉄路が全廃とかの憂き目に合わぬよう、皆さんで再検討をお願います。

 

それでなくては今後の「能登地方」などの復旧や復興に「天の恵みがある」とエールを贈ることが出来ません。

と、言う事でどうか「天の恵み」を阻まぬようよろしくです。鉄路を復旧しなければ怠慢ということで、天の怒りを買い二度と復興はないでしょう。

 

為政者の方々、皆様には今の自分さけ良ければよいという、今を生きようと生まれきた三陸の住民の人びとの、未来さえもを奪う施政は出来ぬはずです。と、言うことでどうかよろしくお願いします。

  

松竹阿部勉監督
松竹阿部勉監督

昨日、18日は松竹映画監督の阿部勉さんの、恒例の新年会が仙台のブラザー軒でありまして、参加してきました。

 

今回は皆さんも戦々恐々としていた津田さんの「団長の思い」の被害もわりと軽微で、前回のような寒い思いをして大風邪をひくこともありませんでした。

 

この前は私と太宰さん、そして埼玉から毎回ワインを差し入れくれる、監督のトンペイ時代の映画サークルの仲間、大和田ご夫妻の4人が、大変なコロナで寝込みました。

 

写真はその中で「日本映画の未来の語る」を講演中の阿部監督です。

 

今回も熱が入りましたが、その中で関心を呼んだのが、日本映画の草創期の話でしたね。とくに松竹が日活とともに歩んだ歴史が面白かったですね。意外にも日活の方が松竹より早い創業だったそうです。また、作品作りにも両社の監督などの交流も有ったとの興味深い内容でした。

 

あとは当会の司会者で「さとう宗幸」と言われる瀬成田先生も、コロナの病み上がりにも関わらず、相変わらずの美声でバラライカ楽団をバックにソフトな歌声を聞かせてくれました。

 

さらに私的ハイライトは前回に続き、作家の「瀬名秀明」さんが参加してくれて、近況を披露してくれました。

なんでも今年から、ベルギー人でフランス語で小説を書いていた超有名作家の「ジョルジ・シムノン」の著書の翻訳を手掛けるという話しでした。流石に文学上の我が先輩です。

 

これも瀬名さんの功績として、日本文学史に残る事だろうと思いました。そんな瀬名さんに会えたのを幸いに自分の些細な頼みごとをすると、心良く引き受けてくださいました。有難うございました。よろしくお願いいたします。

 

更にさらに当会の若手でトンペイを出たあとハウス食品に行ってた、片山雄貴君が久々に参加してくれたので、日本の映画を支える会の更新をお願いしてきました。若手がいると言うことは本当に嬉しいものです。

 

2024年1月Ⅰ日 ☆ 新年にあたって

抽選でお年玉ポイントが当たる【郵映・TV】年賀状
抽選でお年玉ポイントが当たる【郵映・TV】年賀状

皆様に新春のお慶びを申し上げます

 

新年1月からはじまる大河ドラマは「紫式部」の小説『光源氏』だそうです。私の小説:『風に吹かれて』を書く動機になった作品です。

 

それではこの物語の構成やその時代背景について、紫式部、清少納言等と、その登場人物などのエピソードを交えながら語っていきましょう。

 

その前に能登と羽田でとんでもないことが起きてしまいました。以下わたしの見解です。

 

まず、能登地震は3・11の東日本大震災で揺れ残った太平洋プレートが福島県南部沖から茨城県、千葉県・房総半島沖に有り、次の関東大震災の引き金になるように着々と時々揺れてます。

 

それが最近静穏期に入りました。すると3〜5年後に本震くる恐れがあります。

 

そして今、日本列島はその影響で太平洋側=日本海溝に向かって、斜めにのめり込んでいる状態にいます。すると勢い、日本海側、特に今、能登地方などの比較的弱い地盤に対して、東側に引く力が掛かっています。

 

すると能登半島沖約10Kmに、南北の不連続ながら約150Kmの活断層があるので、これが半島を東側に引く力により、地層が割れ裂け続け、大きな群発地震を引き起こします。それがこの度の大きな地震のメカニズムです。

そのため大地震の後に能登半島の西側の海岸が4mも隆起しました。ちなみに震源が地下50Kmとかは津波の恐れはなく、海底下15Km近辺より上だと要警戒です。

 

更に能登半島地下には太平洋プレートが、日本列島下に潜り込むさい海水も共に流れ込み、半島の地中に溜まっています。それが今、地殻上部まで上がって来ています。すると能登地方の断層が動いた拍子に、ちょうどウォーターベッドが波打った際、その上に置かれた物ように、能登半島地域やその他の建造物・家屋を揺らします。

 

それが今回のように方向が定まらない怪体な揺れになり被害が甚大になる理由です。熊本も地下に大量の水分を含んでいるようで同じような揺れ方だったようです。三陸地方の地震とその揺れ方が大分違うのが特徴です。

 

太平洋側=海溝型地震は基本的に始めに震源地から秒速約8Kmの速度で縦揺れが来て、東西にシーソーゲームを急激に繰り返したように揺れます。引き続き同じく震源地から秒速3Kmの速度で横揺れが来ると、地震波があちこちにぶつかり輻輳して複雑に揺れます。場合により震源地が遠いと縦揺れがなく横揺れだけの時も有ります。

 

また陸上下部の断層割れのときは直下型ほど急激な揺れになりますが、海底下の地殻割れだと上部の海水の圧力で地震波が減衰され、ゆったりした揺れになり、まさにユラリゆらりという感じです。これを先住アイヌの方達は地震の事を「ユタ」とか「ヨタ」と呼びましたが、これで地震の動きが陸域由来か海域由来かが分かります。

 

羽田の事故は南北に長いC滑走路に降りてきた日本航空の516便エアバスA350が、同じくC滑走路の途中から離陸を始めた海保の救援機に後方から、日航A350の機首と右エンジンをぶつけて、エアバスに残っていた燃料に引火して大火災を起こしたようです。コントロールタワーの誘導ミスか、海保機の誤認識離陸が考えられます。

 

C滑走路の2/3にから北に向かって離陸を始めた海保機が浮揚し飛び上がるには時速約150Kmの速度が必要です。同じくC滑走路の最南端から北に向かって着陸しょうと進入してくる日航516便も、速度約250Kmで降下しつつ着地して、比較すると小さな海保機に追い付き後ろから、馬乗りになる形で覆い被さるように追突したようです。

 

この場合は着陸しようとする日航516便の着陸行動が優先となります。海保機は日航機が着陸を済ませ、管制塔から滑走路上に出て離陸準備をして良いと言れるまで誘導路・C5で待機しなければなりません。今回の海保機は発進許可があったとしてC滑走路の2/3付近から滑走を始め、後から日航機に追突され事故になったようです。

 

人間の判断力には限界があります。こんな錯綜した場面では、人的判断の管制より、チャットAIで管制した方が正確かも知れません。いずれそんな時代になるとしても、痛ましい災害となってしまいました。より一人でも多くの方の無事をお祈りします。

 

まして海保機は能登に物資の搬送中だそうで、なんともやりきれなく悔やまれる事故になってしまいました。

参考までに3・11の20日後に朝日新聞と民主党・日本政府に提出した災害対策の提案書を載せておきます。

震災後これを元に復興策が実施されました。この度の参考にしていただければさいわいです。

 

追伸:7日の大河ドラマ「光の君へ」を観ました。その時代観が私の『風に吹かれて』を敷衍しているので、安心して見られました。多少、史実と違えど、そこはドラマ・物語なので楽しめました。今後も折にふれ語って行きましょう。では本年もよろしくお願い致します。

 

 

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