2011年                                     ゴッドファーザー逍遙記

2011年12月24日☆ついにスイブです

ついにクリスマスイブまで来てしまいました。今年は色々な事が有り過ぎて、とても複雑な気持ちですが、生物が多様な生き方をしているように、人生も一人ひとりの多様な暮らしがあるものと結論しました。すべての事象、現象をふまえて、「ビバ ハレルヤ メリークリスマス」です。

 

6月なにげなく開いた旧約聖書の「ヨシュア記」の中に以前にもこのような災害が起き、その時神はその事象を罰したとありました。なんとなく周りで起きている事象に合点がいくものが多くあり、信じる事にしました。

 

20歳台前半、バスに乗って矢本、石巻の45号線を飯野川方面に向かってたら(ちょうど今頃、冬休みだろうか)いまの日赤石巻病院のあたりにさしかかると、中島みゆきさんの「時代」が車中のラジオから流れて来た。この時がこの大ヒット曲を初めて聞いたときでした

 

おなじみの「まわる まわるよ~時代はまわる 喜び 悲しみ繰り返し~」というフレイズに当時なにか甘美な悩みでもあったのでしょうか?いたく共感しましたが、されど今は「まさにその通り」で「時代」に癒され忘れることが出来ました。そして、このたびの悲しみも時が癒してくれるものと信じたい。今年のイブは言葉少なく、メリークリスマスです。

2011年12月13日☆忘年会・クリスマス?

先日、東京で忘年会と少し早めのクリスマスをしてきました。

2011年12月5日☆いよいよ始動 海洋博覧会のへ準備会合

昨日、仙台国際ホテルで復興・防災・海洋博覧会の事務局と党政府関係者での準備委員会の顔合わせ、提案文書の確認会議がありました。

 

今回の確認ではいまは辛くても「三陸はこのままで良いのか?」「災害に負けてたまるか」という私達の思いを、新しい復興・復旧のビジョンに託し、新しい技術革新や産業興隆で、雇用の拡大、新たな環境問題、エネルギー問題にも取り組める施策で、これからの事業に結び付けて行く、と言う方針が確認されました。

 

おおくの皆様の博覧会への希望、期待に応えられるよう邁進したいと思います。今後ともご理解ご支援のほどをお願い致します。

2011年11月1日☆復興・防災・海洋博博覧会について

いま、三陸の復興・防災振興・海洋資源の新たな利活用(海洋ニューディール政策の拠点をめざす)をはかり加速、アピールするために、ある程度復興にめどがついたら、オリンピックの共同開催とともに、三陸海洋博覧会のプランが持ち上がってきました。

 

                  <素案>

 

           ◎ メインテーマ 「海と人類の調和と未来」 

 

          メインパビリオン 石巻・南三陸・気仙沼(予定)

   

1)復興への歩み→現況→未来へのビジョンのパビリオン

 

2)防災→地震予知→防災施設の進化→防災研究所の設立のためのパビリオン

 

3)海洋博→あらたな栽培加工漁業の未来→海洋資源の開発と採集技術の構築のためのパビリオン

 

以上から

 

☆未来に向けた「海と人類の良好な関係」を提示する

 

◇特に海洋博から獲得される将来的利益として以下の項目

 

☆ テーマと目的 <海洋ニューディール政策による財政再建の道筋の構築>

 

A)レアメタル、レアアースの海水からの抽出(海洋鉱物資源)の獲得

B)藻類バイオマス「オーランチオキシトリューム」からの石油の精製

C)海藻類から「フコイダン」などの人体に必須な多糖類を利活用する(健康、創薬・海洋バイオテ    クノロジー)の推進

 

上記などから、海洋資源による新たな技術革新(イノベーション)を産み、三陸を食品加工、海洋鉱物資源、バイオエネルギー、創薬などのコンビナートのモデル地域とする。

 

◇☆◇ また、これらにより獲得したレアメタル、レアアース、石油など海洋資源を現金化し、地方の独立財源の基にする。

 

さらに将来的には全国的に規模を拡大して、これらを国債費残高1000兆円を解消する為の資金の、裏打ち資産に構築することを目的とする。

例<日本近海には約1000兆円分の原油が埋蔵している>

 

その手法、手段の手始めとして「ソブリン ウェリス ファンド」を導入するのが目的である。

 

以上、これらのビジョン、施策を起爆剤に、三陸を災害をも克服し震災以前にも増した、世界の先進地であることを、アピールするのが目的です 。これを全世界に発信し、同じく災害で困難な状況にある地域の方々に「諦めない」夢と希望を示すことが使命です。

 

そう「信じる者は救われる」「日はまた昇る ネバーギブアップ」です。

2011年10月27日☆哀悼・北杜夫様

愛読書、兼文章の師、北杜夫さんが亡くなりました。

 

二十歳前後のことでした、北さんの作品に出合ったのは、当時ちょうど、デカルト、カント、ショーペンハウエルなどの、哲学書にあたっていた頃のことで、カントとショーペンハウエルはなんとかなりましたが、さすがにデカルトは頭にこたえました。

 

そんな時何か気軽に楽しめる本はないかと、書店で阿川先生のコーナーに立ちより、何気なく手にしたのが北杜夫さんとの対談本でした。そこではあの謹厳実直な阿川先生が、北さんと実に楽しそうに対談しているではないですか。 

 

その阿川先生の意外な面に付き合ってる北杜夫って誰だっけ、と記憶を巻き戻すと「そうだ、たしか茂吉の息子じゃなかったか? へー」という感想が北さんの作品に出合うきっかけでした。

 

その後数日してまた書店に立ち寄り購入したのが、文庫本の「どくとるマンボウ青、由香さんが連れ出し、ようやく出て来たのでした。

2011年9月19日☆復興と歌津魚竜について

今朝の朝日新聞の「科学欄」に『太古の東北 海に爬虫類』とあり、「歌津魚竜」のことが載ってましたので、復興後の歌津の観光PRの一助に、と思い一文を供します。

 

歌津魚竜というのは1970年に発見された、世界最古の爬虫類<魚竜として>の化石で、その後の陸上で巨大化した恐竜のご先祖さまです。約2億6千万年前に生息していて、陸から海に活動の場を移したイルカ及びカジキマグロに似た、竜と魚の特徴を維持した爬虫類と両生類の中間種と思われます。

 

この歌津魚竜が発見されるまでは、ほんの近くの石巻市の稲井という所から発見された、稲井竜というのが、世界の考古学上で、一番古い化石として名誉を保っていました。こちらは2億3千万年前ということで、わずか3千万年のちがいで、歌津魚竜にその名誉の座を奪われてしまいました(笑う)。

 

当時発掘に立ち会った私は、嬉しいやら、申し訳無いやら、苦笑いしたのが昨日の事のようです。高校2年の秋でした。発見したのは東北大学の理学部の先生です。地質学の調査で偶然発見したと言ってました。

 

そのときNHKの撮影があり先生も若く23~4才に見えました。いまは教授をなさってると聞きました。連日撮影があり、てっきり自分も写ってると確信してましてが、残念ながら、一回だけ、それも下半身だけしか写ってなくてガックリしました。

 

その下半身男がなぜ自分と判ったかというと、当時私は青いジーパンとバイク用のブーツを履いてたので一目瞭然で判明しました。(足元の岩場を掘るわけですから脚しか写らない)のです。ところがこの事をいくら家人に力説しても中々了解してくれなくて、ちと不満でした。

 

私とすれば初のメディアデビューでしたが、下半身だけの出演で次回にかけることになりました(笑う)。

 

そもそも地質学や考古学に興味を抱いたのは、あの三陸の黒く連続して峨峨とそびえるリアス式海岸の、成立の仕組みが知りたかったからです。

 

リアス式海岸とは、スペインのリアス地方の海岸線が、三陸と同じように、鋸の刃のようにギザギザに入り組んで、港湾をなしている様から命名された学術用語です。ここも牡蠣の名産地だそうです。

 

三陸の地質は南は牡鹿半島から北は八戸付近まで、黒い粘板岩が特徴でその上に黒松が群生しています。この植生が「根付魚」といわれる近海魚を育む海の揺り籠といわれ、多くの魚介類が繁殖します。まさに三陸の大自然からの、あふれんばかりの贈り物です。

 

さらに北からの親潮と南からの黒潮が、金華山沖で合流するので寒流系の魚、暖流系の魚の多くが餌を求めあい、また同種同士が合コンして、多くの子孫繁栄が行われ世界有数の魚場といわれます。これらが三陸の豊饒な海の源です。そして神の惜しみない恵みです。

 

で、わたしが興味を持ったのが永遠とどこまでも続く、三陸沿岸の黒い岩礁、また、隆と聳える断崖絶壁です。すべて粘板岩、玄昌石と言われ「雄勝硯」の原石です。東京駅の屋根のスレートはここの石で葺かれ、世界的にも有名です。

 

そして、稲井竜も歌津魚竜もこの粘板岩、玄昌石の中から発見されました。稲井竜の発見はやはりスレート用の玄昌石の切り出し場からでした。これらの竜が生息した時代は古生代から三畳紀の間で約2億5千万年前から3億年まえ前後です。

 

この後が中生代、ジュラ紀で日本にはかつて、存在しなかったと言われ続けた「首長竜」が生息していた時代です。映画、「ジュラシック パーク」はこの辺の年代が舞台、テーマです。

 

それで、この日本には居なかったと言われた「首長竜」が、福島県の高校生によって発見されたのも忘れられない出来事でした。わたしが中学3年の時で、ちょうど、その年の夏休みになんとしても、粘板岩の生成が知りたくて、断崖をよじ登り調査した年の秋の事ですから、印象深い出来ごとでした。

 

また、学説に無い「首長竜」の発見がショックと混乱に拍車を駆けました。今に繋がる「フタバスズキリュウ」のことで大発見でした。で、この時の発見者の高校生の方は後に考古学の世界に進んだと聞きました。

 

まっ、わたしの場合は地質学も考古学も専門ではなく、ただの探求心でしたので、新発見云々は問題ないのですが、実はこの中3の夏休みに行った粘板岩の調査で、新たな疑問にぶち当たったのでした。

 

ちなみに、その疑問が氷解したのが、直き最近2008年のことでした。この年新たな両生類の世界的大発見が、歌津で有ったからです。

 

そう、わたしの粘板岩の調査で生じた疑問はずっと解決される事なく、この2008年の夏まで持ち越されていました。これがチューター、指導教官のいない専門外の悲しさですね。あとは作家としてのスキルを駆使して解析する訳ですが、ただ、粘板岩、玄昌石、玄武岩の組成については未だに分からない点が残っています。

 

で、わたしを長い間悩ませた、中3の時の調査のことですが、なんと、粘板岩の崖をよじ昇っていた時、なに気無く手を懸けた岩が急に割れ、中から「ウズラの卵大」の小石が出て来たのです。

「これは、なななぁ~んだー」ガーンです。

    

なんと周りの地層を良く見ると、粘板岩の中に丸みを帯びた玉砂利が混入していたのです。(丸い小石は河原で生じる物)で、浜辺にある砂利は大方、平べったい平面的な小石が主です。

 

「てっ、事はナニカー、ここが河原だって事かー」でも、足下の崖下は黒潮洗う大海原です。訳がわからなくなって来ました。(その他にも2つの疑問)で 大難題となりました。

 

ちなみに、この疑問をずっと引きずり、地学の専門家らしき方々に遭う度に教えを乞うのですが、誰も明確な答えは無く、2008年夏に東大の院生、中島保寿さんに出遭うまで、答えは持ちこされました。 

 

「エー、玄昌石てぇー層理じゃーないのかー」という物凄い疑問譜???です。

 

そう、「層理」というのは玄昌石が出来る時、土の粒子が水底に沈殿し、粘土となって、何層にも重なった所に地圧が加わり地層<層理>が出来、さらに火山等の熱が加わってあの黒い岩、岩石が出来るのです。

 

そのため、「雄勝硯」の原石にしても「スレート用」岩石にしても、この層理を目印に横から軽く切れ目、衝撃を与えただけで、その層理にそって、簡単に二つに「パカーッ」と割れるのです。ですから、決してその中に「ウズラの卵大」の玉砂利が混じっていてはいけないです。

 

なぜなら、その組成が深い海底 の比較的安定した場所に、中国大陸の黄砂などの粒子が降り注ぎ、長い間沈殿して、層を成したところに熱が加わり出来た物と、自分なりに結論していたからです。もちろん、当時のどんな教科書にも、粘板岩の組成、成立ちは不明と書いてあったからでした。ジャン ジャン。

 

それが、突然、2008年の夏に東大の中島さんが同じ「歌津」の「唐島」という小島で「歌津魚竜」よりもさらに古い年代の、両生類の化石を発見し、世界的な業績を揚げたから、「さぁ~大変」となったのですが、同時にわたしの長い間の疑問<粘板岩の中に混じる>「ウズラの卵石」がどうてして形成されたかの疑問が、たちまち氷解するのでした。

そのいきさつは次回に乞う御期待です。 

中学時代の調査から幾星霜、突然2008年6月 突然、南三陸で新たな化石発見が報じられました。それも歌津魚竜よりさらに古い年代の両生類とのこと。「ラッキー」です。これで世界的なタイトルが、またひとつ加わりました。

 

ただ、この時、わたしは現在手がけいて、製品化したワキガ用化粧水「君香」を早く世に出して、多くの人に届けようとバイオの研究に没頭していました。

 

ここで私に対してよく言われる「そんなに何からかにまで、どうやって考をまとめるの??? 頭の中は一体どうなってるのォー」というクエスチョンがよくありますので、その創作の秘密のほんの一端を明かし、読者の皆様にサービスとします。(笑う)

 

普段は小説、コンテンツ、経済学、政治・社会科学、バイオ、その他を順繰りに考えます。その時間割りは長年の習慣で、大体バイオリズムが決まってます。ただ、テーマによっては長考というときもありますので、まちまちです。

 

結論が出そうなときは何時間でも続き、2時間ぐらい考えても結論を得られないときは、別のテーマに移ります。その間に頭を切り替えるため、よくベランダに出て植物の観察とケアをします。これがまた、バイオの研究に繋がりますが、それが癒しと気分転換に役立ちます。

 

あと、寝るときは何も考えません。軽くお酒を飲んでそれでおしまいです。ただ、時には考えなければならいテーマがあり、かつ時間がない時は何個かテーマをピックアップして、明日まで結論を出すように、自分に言い聞かせて眠ります。すると朝には結論が出ています。(笑う)

 

また、どうしても読なければならないけど、その時間のない課題図書などは枕もとに置いておきます。すると朝までにはちゃんと結論が出でいます。これを「まるでSFみたいな話」と家人は非難します(笑う)。

 

これがすこし過ぎるときがあり、これをS・K・Nと言うのですが、たいていいびきをかいて寝ているそうです。つまり飲みすぎです。そのS・K・Nという符号は若いときからの習慣で、知る人ぞ知るで笑いのネタになってます。それは何か不満があったときの自棄酒です。(笑う)

 

それは、お酒を飲んで寝るとき<SAKEでも、KAxKURAxて、NERUKA~>と言うセルフの頭文字で、眠るとき「S・K・N」と唱えます。すると寝つきは♪goo~ goo~♪とGOODですが、多少がらが悪いのでこれ以上は書けません。(笑う)それでも朝には考えた結論はちゃんと整っています。(笑う)

 

で、ときに、データがちがい結論が間違ってる時があります。そのさいは即「悔い改め」ます。そしてまた資料を点検し直し再検証します。そうしないと永遠に「理路整然」と間違った自説を唱えることになります(笑う)。また、進歩が止まります。 

 

この習慣の出典はフォークソングの神様「岡林信康大先生」の「山谷ブルース」の一節を若いころ好んで真似たからです。♪~今日の~仕事はつらかった~ あとは~焼酎をあおるだけ~♪ です。

なんらつらい仕事なんかしないし、デガダンでもないのですが、男は大体こんなもんでしょう。

 

「フォークの神様こと・岡林信康大先生」のことはまた何時か、稿を改め書きしょう。力が入ります。(笑う)                               つづく  ナショナルグラヒックス 

2011年9月13日☆懸賞公募

コスモス企画ではこの秋のコスモスの花の写真、映像、動画を募集します。また、ならんで、コスモスにまつわる俳句、短歌、エッセイも受け付けます。もちろん、賞品もご用意しています。

 

コンテストは毎年行い、特に写真の特賞は当企画のホームページの背景、壁紙として一年間採用されます。そして、動画、映像の入賞作品は当郵映テレビにアップします。

 

       詳くわしくはこちら

 

                  応募は終了しました

2011年9月4日☆オリンピックのこと

今朝の新聞に2020年に開かれるオリンピック開催地の、候補地選定会議が来年9月にIOCで開かれるとありました。あと約10年後ですが「その頃には東北の被災地も相当復興してるな」と思いました。

 

オリンピックは確か東京が再度誘致を働きかけていたと思いますが、いっそのこと会場を被災地東北にも置き共同開催はいかがでしょう。さいわい仙台には「利府グランデ21」とかいう、たしか、7万人ぐらい入るスタジアムがあったはず。

 

あとは、ヨットの気仙沼、競艇の石巻、マラソンの仙台、名取、岩沼も誘致出来て、ほかに岩手や福島でも得意競技をいくらでも誘致出来ます。(これによって道路などの復興プランも早まるはず)

 

関係者の皆様、本気で誘致をお考えなら東北もよろしくお願いします。

 

そしてIOCにも私達の震災復興に掛ける情熱を知ってもらい、また、防災のテーマを全世界に発信すること、ならびに世界中の観客に復興の様子をアッピールし、これまで頂いた全世界からの篤い支援にお応えしたいので、ぜひ、よろしくお願いします。

 

皆様のご理解が頂ければ私も動きだす事にします。 

2011年8月26日☆オールニッポン エンターテイメント ワークスの発足

2009年に経済産業省の肝いりで発足した「産業革新機構」の中に、この度オールニッポン エンターティメント ワークスという、新たにエンターティメント部門が発足することになりました。

 

この組織は元々経済産業省が関わっている各企業の、先端的経営資源を積極的に世界市場に売り出そうと、企画された投資部門でした。

 

各企業が持つ革新的技術や冒険的アイデア、もしくは新しい産業に育つシーズを発見し、積極的に投資しょういう組織です。資金は国からのものを含む約1兆円に届く9000億円です。

 

私的には2009年の発足時から注目し、当企画商品「君香」を世界的ブランドにするためのプロジェクトが発足する時期に、提携することを考えていました。

 

それがこの度エンターティメント部門も発足することになり、 私の作品、小説「J・F・Kダブルスティツ」ほか20作のハリウッドでの映像化に向け提携、協力をすることになりました。

 

詳細はこれからですが、ハリウッド等で活躍出来る、当コスモス企画のエンターティメント部門の、スタッフの充実を考えています。

 

脚本、映画音楽などに「我こそはと思われん」方のチャレンジを受け付けます。

 

ちなみに産業革新機構のHPは   ☆こちらです

 

◎ 〒 あと、このたびの災害に遭った三陸沿岸の方々を応援するためと、いちはやく失われた郵便局の機能を回復させるためにも「ふるさと小包」などを活用し、郵便局の正常営業と販促を支援することになりました。ゆくゆくは三陸の海産物等をふるさと小包や郵パックを利活用し、販路拡大を図りたいと思います。

 

これからも支援のために三陸の物産、ブランド品の益々のご愛顧、ご購入をお願い致します。   

 

2011年8月10日☆全世界にむけてお礼の七夕飾り

仙台七夕は震災後とはいえ華やかに例年どうり開催されました。ただし、パレードなどは自粛し、被害にあわれた方々のためにも哀悼の意を示しました。

 

そんな中、南三陸、歌津中学校で制作された飾りがあると新聞とテレビのニュースで知り、見に行ってきました。

 

その中のメッセージの白幕に「全世界のみなさんありがとうございました」とありましたので、写真をアップしました。飾りは遠慮をして小ぶりでしたが、メッセージは「いつもながら気宇壮大なメンツだなぁ」というのが感想でした。

 

なにかあってもすぐ笑いに変えよう、困難は黙って立ち向かおうのスタンスが読み取れました。

そう 校歌の一節「明日あり、友あり、道あり」が活きてますね。

「日はまた昇る、ネバーギブアップ」です。

2011年7月12日☆盛大かつ華やかでした

9日の相知明日香さんのリサイタルを鑑賞して参りました。会場は六本木 泉ビル34F・全面総ガラス張りの最上階で、ちょうど夕暮れ時でしたので、東京のスカイクレイパーが、赤い夕日に染まり行く中での、ラグジュアリーで、ステキな演奏会となりました。

 

明日香さんは美しく才能も豊かで、将来が嘱望されるアーティストです。今後は演奏会はもとより、芸能活動も続けるそうで、益々才能に磨きが掛かるだろうなと思いました。いろんな事を勉強してそれを教養に高め、きっと将来も名の残るアーティストになります。「私が保証します」(笑う)。

 

さっそく関係者の方と明日香さんの、今後の活動として彼女を主演とした、映画や東日本復興コンサートの可能性について話して来ました。映像は時代物、現代物などをいま構想を練り始めました。乞うご期待です。

                                    ☆もっと詳しくはこちら 

2011年7月3日☆相知明日香さんのリサイタル

7月9日(土)に六本木 泉ガーデンタワー34Fで

相知明日香さんの東京藝大卒業リサイタルがあります

 

くわしく&お申し込みは

http://www.officesekkei.com

 

オフィシャルサイトは

 

『MY NOTE』

http://ameblo.jp/asuka-ochi/

 

コスモス企画一押しのアーティストです

よろしくお願いします

2011年6月22日☆夏至です

 

ついに夏至、夏に至るです。

いよいよ年初より進めてきた「君香」とお部屋用消臭機器「ピコレット」の販売が始まりました。

アマゾンでも購入出来ますのでよろしくお願いします。

2011年5月27日☆ロッキード事件・浜田幸一氏の告白

五月二十日にポプラ社から発行された浜田幸一氏の著書「YUIGON」の中で、氏がこれまで口を閉ざしていた、ロッキード事件に関連し、ラスべガスで約5億円をすって議員を辞めた経緯の真相を初めて明かにしています。

 

そして、結論から先に言うと私が書いた小説「田中角栄・野武士の時代」の通り、それは博打に負けた事にして、アメリカ側に渡した賄賂のお金であったことが述べれています。詳しくは当著書の124ページ「ラスベガスに行ったわけ」を御読み下さい。

 

これは浜田さんが生きながら、隠れた歴史の証人になってくれた極めてレア<稀>な証言です。それは歴史的にも、ロッキード事件の真相と再検証の恰好の証言となりました。事件の真相解明が待たれます。また、近代史の常識のひとつがウキリークスがなくとも覆りそうです。

 

真相が明かされれば20世紀の謎のひとつが解けます。追跡取材と検証に注目です。あとに続く方々に期待しています。これからはこの分野を手がけた人が日本のジャーナリズムをリードすることになるでしょう。

2011年5月24日☆「君香」の新発売について

汗ばむ季節となってきました。また、今年は節電の夏で暑さがひとしお恨めしい時期となりそうです。例年、制汗防臭対策でお困りの方に朗報です。6月10日ごろからリニューアルな「君香」が発売されます。乞うご期待です。

2011年5月22日☆HPのプチ修正について

デェオドラント「君香」の新発売に向け、ホームページのプチ修正を行いました。引き続きこちらのページでお楽しみ下さい。

 

あと、5月10日締め切りの朝日新聞<ニッポン前へ委員会>の募集論文「東日本復興計画私案」に応募しました。内容は震災後多くの方々にお話した復興プランを論文化したものです。ご理解いただき実行されれば幸いです。

 

                                          2010年編集

2011年4月20日☆安否の確認に気仙沼へ

3月11日から1月たちますが気仙沼ではまだ火災がくすぶってるところもありと連日新聞に載ります。

 

どうしたものか悩んでいました

2011年3月21日☆ 震災特別編を書くことにしました

この地震に逢い震災特別編をまとめることにしました。

2011年3月20日☆「朝日新聞募集の震災論文」に応募する

朝日新聞が募集した震災について応募することにしました。

2011年3月17日☆動きだす

ついに歌津に行く

2011年3月11日☆突然の地震と鳴動

丁度、松竹に提出する映画の企画書の制作中でした。田中角栄の「野武士の時代」を映像するためです。

2011年2月日☆松竹に行く

松竹で阿部監督、山本プロディユーサー、電通とで「野武士の時代」の映画化を打ち合わせてくる。

2011年1月15日☆電通部長来仙打ち合わせ

電通の部長が来仙して君香の販売や映画の製作で会合をもちました。ウェスティン ホテル、松島の「田律庵」が会場でした。

 

 

 

2010年編集アマゾン・オンデマンド