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2020年2月1日☆「多賀城市民の歌謡祭」&「応援団」のこと

第二回多賀城市民の歌謡祭
第二回多賀城市民の歌謡祭

このたび、歌手で当郵映放送でも若手敏腕プロデュサーして期待されている宗久真紀さんが企画する「第二回多賀城市民の歌謡祭」が今月23日に多賀城市文化センターで開催されます。

 

昨年の熱気を引継ぎ本年も開催の運びとなりました。これはまさに多賀城市民の文化への関心の高さを物語っていると思います。

 

いにしえより多賀城の文化の礎を築いてくれたのは、大和朝廷さらに平安朝とこの国の中央文化でした。その文化の流れが現代まで脈々と引き続き継承されているところです。

 

その京文化を運んでくれたのが、幾度となく多賀城に派遣された、多くの京官吏の高官達で、みちのくの発展と安定に力を尽くしてくれました。

 

その中の筆頭が多賀城鎮守府将軍「大伴の家持」と言われております。当多賀城市もその縁を大切にして現代まで家持を顕彰しているところです。

 

また、家持と言えば武家の家柄であり高位の武人であることはもとより、その名声をさらに高めているのが歌人としての業績「万葉集」の編纂です。

 

万葉集は「勅撰和歌集」と言われ「勅撰」(ちょくせん)とは天皇の命により選ぶということです。その歌集には家持の歌が実に473首もの長歌と短歌が収められています。家持は天皇の歌の召人(めしゅうど)であり、かつ歌人だったのです。※以下が家持のみちのく代表歌で日本で初めて黄金が涌谷の箟岳山から採掘された時の歌

 

すめろきの 御代栄えむと 東なる みちのく山に 黄金花咲く

 

そのような脈々と引き継がれた文化の中でこの「多賀城市民の歌謡祭」が開催される運びとなりました。これはまことに喜ばしいことで「人はパンのみに生きるにあらず」とあり人々の暮らしの中に歌謡文化は必須のアイテムです。

 

歌は私達の暮らしの中に安らぎと豊かな感性やうるおいを与えてくれます、そしてなによも明日への活力を生んでくれます。古来この国には人々の感情を自由に歌で発露する和歌があり、万葉集や古今和歌集が遺されています。それらの趣(おもむき)は現在の歌謡祭にも受け継がれ多くの方々が自由に参加してくださり、各々の歌謡で現代アートを表現してくださいます。

 

かつて大伴の家持や実方中将、西行そして芭蕉が、和歌や俳諧で残してくれた偉大な日本の精神文化の神髄が、この歌謡祭に受け継がれるかと思うと望外の喜びを感じます。

 

これで「北のまほろば多賀城」から「歌枕のまほろば多賀城」となり、さらに「歌謡祭のまほろば多賀城」に発展して行くことを心から期待するしだいです。真秀場(まほろば)とは「真に誉めるべき場所」だそうです。

 

そして、2月9日は松竹阿部勉応援団の新年会でした。今回は昨年12月27日に全国一斉封切りされた『お帰り寅さん』が大盛況で、みんな恵比寿顔です。成果は『アナ雪』と『スターウォーズ』に次いで3位でした。

 

最近また邦画が盛り返して来た中、このポジションは嬉しい限りです、

 

当、郵映放送も早くから宣伝を掛けていたので、昨年の『あの日のオルガン』の成功に続き、とても良い成果をあげました。映画の制作宣伝を営業の花形に据えてますので、これ以上の喜びはありません。

 

昨年に続き上々のスタートを切ることが出来ました。多くの関心を頂いた方々には心より感謝を申し上げます。今月末まで上映中です。まだの方はこれから出かけて頂けると喜びが弥益ます。よろしくお願い致します。

 

前回に続き作家の「瀬名英明」さんが出てくれて、おまけに何冊かの自著も提供してくださり、さらに、その抽選にわたしの当選番号1がヒットして『魔法を召し上がれ』をゲットしました。瀬名ちゃんとの物書き繋がりに不思議な縁を感じました。もちろんサインもしてもらいました。

 

また新作のタイトルが『ポロック生命体』だそうです。こちらもよろしくお願いします。

 

 

2020年 1 月 1 日☆映画『お帰り寅さん』を観てきました

お帰り寅さん 松竹の宣伝・転載
お帰り寅さん 松竹の宣伝・転載

明けましておめでとう御座います。

皆さまにとりまして本年はどのような年になるのでしょうか。健やかな一年でありますようお祈り致します。

 

さらに国内的にはオリンビックイャーでもあります。何かと華やかな年になりそうです。

 

さて、年末の慌ただしい中、新作『お帰り寅さん』を観てきました。

 

始めからいうと自然に涙涙の連続でした。約20年前、お正月とお盆に年二回上映されてた寅さん映画は突然終わりました。渥美さんが亡くなったからです。

 

その二年ほど前から「渥美さんが具合悪いんだ」という話しが仙台に居る私にも伝わっていました。しかし、如何せんどう仕様もなく48作目のエンドロールを観て寅さんに「さようなら」をしました。

 

当時、50作目まで連作されたら、さらにギネスを更新するのでは、と期待してましたから48作はその目前でした。ですから技術的な進歩があったらもしかして今回のような制作は可能かな、ぐらいに考えていましたが本当に実現するとは嬉しい限りです。

 

時々、阿部監督の集まりのさいなどで「西田さんで、寅さんを撮りたいと思うけど、どうだろう」などと問い掛けられた時もありましたが、即座に「駄目」なんて言ってしまい、あとで僭越な事を言ってしまったなぁ、と後悔もしましたが、それほど「寅さん」は渥美さんのものだと思ってました。そして、この度蘇りました。

 

そんな事をフツフツと考えながらスクリーンを観ていると、なんと満男が駆け出しの小説家になっていて、初恋の相手だった泉と偶然に再会します。そして作家の演技も生態そのもので、当たり前ですが、監督は良く観てるなぁ、となにか嬉しくもなりました。これまでまた、満男をテーマに続き物が作れるなぁとも思いました。

 

それと、あと、みんなが気にしてる、寅さんの所帯の話しで、今回、山田監督は、実は寅さんとリリーさんが、沖縄と奄美で何度も一緒に暮らしてた、と誰もが望む出血大サービスをしてくれて、監督の優しさを感じました。これでメデタシ メデタシで草葉の陰の寅さんも報われたなぁと思いました。

 

さらに、恋愛に関して実は寅さんは、もうひとりの高倉健さんだったんだぁと思いました。決して口に出して言いませんが、マドンナ達との別れのときは、きっと心の中で「無器用ですから・・・」などと粋に呟いて背中を向けていたんだろうなぁと思いました。

 

以上

書くと切りが有ません、何時か寅さん映画との出会い、山田監督の事、一緒に寅さんを撮った阿部監督や、仙台の松竹会館、さらに阿部監督応援団との運命的な出会いも書きたいと思います。会の活動も早や二十年仙台の映画史の大きな足跡となりました。では新年も松竹山田組阿部勉一家の更なる活躍に繋がる事を祈念致します。 

                                                                                         

                                                                                                                                                                      2019年編集